2014年08月23日

ボランティア。

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ボランティアには様々な捉え方や見方がある。例えば、「他人の為の道徳的行為」「自分の為の文化的行為」または「社会の為の公的な行為」などである。

鉄人は頭が悪いのでよく分からないが、結果として役に立てればそれで良しとしたい。まずは実践である。それで様々な摩擦を生む事もあるだろうが、それを恐れていては行動できない。取りあえず動いてみて問題が出てくればその都度是正していくという形が良いのではないだろうか。

今回もボランティアに参加したのだが、元々ボランティア活動という感覚は全くない。客観的に見てボランティア活動の範疇に入るのかなと思うだけである。

今回の土砂崩れの地域にたまたまカメラマン仲間の家があった。彼とは特に懇意にしている訳ではなかったが、活動をする地域を選ぶひとつの選択のきっかけにはなる。それが縁である。

到着した現場は無惨なものであった。今緊急を要する問題は、次の雨対策である。次の雨が来る前に早急に雨の通り道を確保する必要に迫られているのだ。

明日行く予定だったが、天気予報が変わった。今日が曇りで明日が雨になるという。ならば今日動く必要がある。
幸い今入っている仕事が明日に変更出来るものだったので、急遽今日参加したのである。

鉄人が出来た事と言えば、土嚢を数段積み上げただけである。また体力がないので半分は休んでいた。それでもわずかと言えど前よりは安全を確保出来たことになる。

一人が出来る事など悲しいほど高が知れている。でも何もしないよりはましかなとは思う。完全にバテたので周りより早くとっとと切り上げた。まだ先は長い。その時に必要な行動が無理をしない範囲でとれればそれで良いのではないかと考えている。

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2014年08月21日

その後。

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上記の地図の左に出ている数字より、行方不明者の数が遥かに増えている。只只暗然とするばかりである。

災害の規模としては東北大震災とは比べるべくもないが、特徴的なのは、近くに住んでいるのに我々にはその災害が感覚的に理解出来ないところにある。

鉄人の自宅がある五日市にも雨は降ったが不安になるほどではなかった。そして今回災害に見舞われた地域から少し離れた志和辺りにはほとんど雨が降っていない。だから甚大な被害が出ている地域の様子をニュースで観ていてもとても信じられない気持ちになる。

最大の被害が出た八木地区でも国道54号線を隔てて別世界である。東側は何時もと何も変わらない。ところが西側に目を転じるとそこは地獄絵図と化す。青空が広がりまぶしい日差しが射しているその両方の街のあまりの格差に、何か白昼夢を見ている様である。

でも現実なのだ。ボランティアに参加したいのだがかみさんが不安がる。今後の天気予報も雨になりそうで、二次災害の心配があるからだ。

一応明後日日曜の午後から時間が空くので、様子を見て無理の無い範囲で参加出来れば参加したい。
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2014年08月20日

大変なことに。

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早朝、東京に住んでいる従兄弟からメールが届いた。「大雨、だいじょぶ?」という内容だった。大雨?確かに昨夜は雷雨だったが心配するほどの雨量ではなかった。何故だろうと思いネットでニュースを観たら、広島市の安佐南区安佐北区が豪雨で土砂流が発生し大変なことになっていたのである。

昨日のブログで鉄人は心配性だと吐露したのだが、杞憂で終わらなかったのだ。災害現場は鉄人が住んでいる処から15キロから30キロ離れている。でもその地域にあるいろんな飲食店の撮影を何時もしているので地理にも明るく親しみもある。

その馴染みの地域が甚大な被害を被っていたのだ。鉄人はすぐ今回災害に見舞われた地域に住んでいる友人知人に安否確認のメールを出した。ほとんどが大丈夫だったのだが一人だけ土砂崩れをダイレクトに受けた知人がいて、彼は今避難所にいる。

昨今は、集中豪雨が何処で発生するか検討がつかない。今回は自宅から少し離れた場所だったが、15年前の集中豪雨では自宅の近所で土砂崩れが起き死者も出ている。対岸の火事ではないのだ。

今回の災害で亡くなられた方々には心よりご冥福をお祈りする。また二次被害が出ない様に願うばかりである。





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2014年08月19日

心配性。

「ふる里の海2」

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鉄人は少々心配性の様である。今日も一日中ぐずついた天気だったが夕方から本格的に雨が降り出した。おまけに雷鳴も聞こえる。すると急に息子達のことが心配になって来たのだ。

雷雨になった頃はまだ息子達は帰宅していなかった。長男は益田に出張撮影で出かけていて、次男は井口の職場で仕事中である。

益田に行くには戸河内で高速を降りて国道191で一直線である。浜田道で行くより時間が短い。だが高低差があり難所も多い。

で、不安になったのだ。「大雨で土砂崩れ」なんてことにならなきゃいいがと・・・。そこで長男にメール、「遠くても浜田道に廻れ」。そして3時間後息子は帰って来た。浜田道を通って。

次男である。彼は仕事場にバイクで行っている。で、不安になったのだ。「雷に打たれる」なんてことにならなきゃいいがと・・・。そこで次男にメール、「金は出すからタクシーで帰れ」。そして3分後息子は帰って来た。バイクでずぶ濡れになって。ちょっとメールをするのが遅かったか・・・。

かように鉄人少々心配性なのである。鉄人のモットーは悲観論的楽観論なのだ。とことん物事を悲観的に考えて、それに準備をする。自分が出来る範囲内の準備をしたら、それ以上はやりようがないので楽観的になるのである。

これはプロ野球のノムさんこと野村監督の監督業に対するスタンスなのだそうだ。この話を聞いて鉄人なるほどと思った。これこそ究極のリスクマネジメントである。それ以来この考え方を真似している。

結局何事もなかった訳だが、鉄人の心配性は直りそうにもないのでR。
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2014年08月18日

阿修羅の正義。

「ふる里の海」

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盆休み中、一冊の本を読んでいた。タイトルは「いいかげんのすすめ」、仏教学者ひろさちや氏の著作である。

難解な仏教思想を、我々一般人にも理解出来る様に平易な文章で紹介されている。その著書は優に500冊を超えているらしい。

鉄人、難解と言われている仏教書も読んではいるのだが、実はあまり理解出来ているとは言い難い。さちや氏の本を気楽に読むことで、その理解が進むことがよくある。そして今回も「あっ!!」と「目から鱗」状態になった一文というか一言があったのだ。

阿修羅は、日本人にはよく知られた存在である。数年前に開かれた阿修羅展は、日本中で大変な話題になったことは記憶に新しい。

ご存知の様に阿修羅は戦いの神様である。元々は正義の神様であったが、自らの正義にこだわり戦うが故に神々の世界から追放され、魔類に落とされている。

自らの主張が正義だとしても、それで相手を罵倒し争ったり戦えばこころは平安にならない。怒りの炎が燃え上がるからだ。

そのとき己は阿修羅になっているのだ。ここが「正義」の怖いところである。自分は間違っていないという確信があるが故に、それが逆に自らを苦しめるのである。また相手も苦しめることになる。

そして正義の人は「狭量」なのだとさちや氏は説かれる。今回鉄人がこの本を読んで一番こころの琴線に触れたのが、「正義感が強い人間はこころが狭量」なのだという言葉である。

鉄人は、自分自身を正義感が強い人間だと思っていた。ところがこころが狭い人間でもあったのだ。その事実に気づかされ「あっ!!」と目から鱗が落ちたのである。

たとえ相手が完全に間違っていると思っても、その相手に「思いやり」を持って接する。「慈しみ」の気持ちである。その慈しみのこころが気づかないうちに自分からなくなっていた様な気がする。

自分が阿修羅にならない為には、魔類に堕落しない為には、「正義にこだわってはならない」ということを教えてもらったのである。

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2014年08月13日

YouTube。

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昨夜鉄人は一晩中泣いていた。それは「ナイツ」の漫才をYouTubeで観ていたからだ。元々鉄人はナイツの大ファンだったのだが、あまりの面白さに涙は止まらないは呼吸困難にはなるはで、笑いがあんなに苦しいものだとは思わなかった。

鉄人、最近YouTubeにハマっているのである。以前、MacのG4を使っていたときは、YouTubeがまともに映らなくて何も観れなかったのだが、MacBook Proに買い替えてからはそれが観れる様になった。

まずハマったのが歌である。大好きな曲であるプッチーニのオペラ「トゥーランドット」の「誰も寝てはならぬ」をいろんな歌手で聴き比べするのだ。

パバロッティの十八番だが、他の歌手でもなかなか良い。特にあのポールポッツは気に入った。冴えない携帯電話の営業マンから一夜にしてスターになった彼だが、そのスターになるきっかけになった「ブリデンス・ゴット・タレント」というタレント発掘オーデション番組で歌ったのがその「誰も寝てはならぬ」だった。

まあそこまでは素人だったので、歌の基礎とかは出来ていない。オペラ歌手としては一流とはいかないのだが、でも良いのである。ドラマチックなその人生も背景にあるのかもしれないが、それも含めて歌手なのだ。

彼にはオーディエンスを感動させる何かがある。YouTubeは音と共に映像も観れる訳で、彼のドラマ性にさらに拍車をかける。ひとは結局「刺激」を求めているのである。その刺激が強ければ強いほど「感動」という形で現れるのだ。ただ刺激は一過性のものでもある。彼の人気が何処まで続くかは彼次第である。

後は9.11の謎に迫ったドキュメンタリーも良かった。あの事件は詳細を知れば知るほど不可解なものだ。世界は9.11を境にドラスティックに変化している。世界の真の姿を知る為には9.11は看過出来ない。日本で論議の的になっているあの集団的自衛権も無関係ではないのだ。

そんなこともYouTubeで知ることが出来る。今度は何の分野を楽しんでみようか。
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2014年08月09日

不満について。

「罪な頂き物」

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「不満を言ったらはめ変えるブレスレッド」を実践している鉄人だが非常に難儀している。

まずこりゃ駄目だと思ったのは野球中継である。ブレスレッドに頼っていた抑止力が全く効果がなくなるのだ。テレビに夢中になってくるとブレスレッドの存在が何処かに飛んで行く。

「外野フライくらい打たんかい、梵!!」「振り回しすぎなんだよキラ!!」「目ぇつぶって振ってんのかエルド
レッド!!」「中崎は決め球がないんだよなぁ〜。」「脳みそあるんか◯◯!!」

もうぼろぼろである。不満を言う度に始めはブレスレッドをはめ変えていたが、あまりに頻繁なので途中で止めてしまった。

まあカープへの不満は笑い話で済むかもしれないが、家庭だとそうはいかない。鉄人、母親との会話が少なくなって来ているのである。

高校を卒業以来40年ぶりくらいに母と同居しているのだが、やはり摩擦は避けられない。会話をする度に不満の種が出来るのでそれが嫌で無口になるのだ。

鉄人はそんなに不満を漏らす方ではない。不満や愚痴を言うのが嫌なのだ。ただ母とは根本的なところが噛み合わず、口をきけば内心不機嫌になることが少なくない。

一番血が濃い肉親だけになかなか冷静でいることが難しいのである。そこで防衛策ではないが、自然に口数が減ることになる。

人間関係が破綻していくのは大抵不満が原因である。だから不満への対処法は、良好な人間関係を築く為には不可欠なものになる。でもそれを真剣に考え実践している人間は多分少ない。皆相変わらず毎日毎日不満を抱えて生きているのである。

不満とは何だろう。不満は対象が自分の考えや価値観と合わなかったときに生まれて来るものだ。自分の思い通りならすべてに満足で不満が生まれて来る要因がない。だが現実はほとんど自分の思い通りにならないから不満も大きいのである。

そう考えれば、「自分の思う通りにものごとがなる」ということがそもそもの間違いであることに気づかされる。現実の世界で自分の思い通りになることがどれほどあるだろう。

「人生は自分の思い通りに何一つなりません。」と、仏陀はさらに手厳しく説破されている。それが真理なら「自分の思い通りにしたい」という考え自体が最初から現実と乖離していることになるのだ。

だとしたら、ならないことをなそうとして不満を持つということは、実に「愚か」なことになってくる。母に置き換えてみる。母は鉄人の思い通りになるのか。ならない。ならないと分かっているのに何故不満を持つのか。愚かだから。

結論は「鉄人は愚か者」ということになる。言い換えれば「愚か者だから不満を持つ」ということになりはしないだろうか。

ただ知っておくべきことは、「不満を言う」ことと「意見を言う」ことは違うということだ。不満は感情なのだ。それも極めてマイナスの。

「母は宇宙人」だと思ってコンタクトをとってみるか。

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2014年08月06日

8月6日。

「祈り」

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今年も広島は8月6日を迎えた。例年、この日は原爆投下の当日を思い出させる様な晴天の日が多かったのだが、今日は雨の一日であった。

43年振りのことらしい。鉄人は毎年この日の8時15分に黙祷を捧げる。かみさんもつき合う。今年から母が参加してるのだが、彼女は普通に朝飯を食べていた。人それぞれね。

この日を迎える度に、やはり平和のことを考える。鉄人の平和の定義というか基本になる考え方は、まず家庭が平和であることだ。

鉄人はこの日、特に平和公園に行って何か活動をすることはない。勿論原爆のことを考えない訳ではないのだが、爆弾や武器、兵器は原爆だけではない。原爆に限らず戦争に関するものはすべて、平和には不要なものなのだ。

戦争を企てる者、戦争をする者、武器を売る者、それらの者達は皆人間である。他の動物が戦争をすることは決してない。

また残念なことに平和運動をしている組織どうしが反目しあったりしている。それも争いなのだ。鉄人はまずは家庭が平和でなければならないと思う。

家庭を常に穏やかに平和に保つことは考えているより遥かに難しい。家族の間でもそれぞれの考え方や主張がある
。そしてものごとは自分の思い通りになることは少ない。お互いを思いやりながら家族全体としての和を保つ。

世界の平和も基本的には家族の平和と何もかわらない。だから家族の平和を実現しているのなら、それは平和運動に勝るとも劣らない素晴らしい行為だと思うのである。

8月6日は、世界の平和と共に家族の平和を改めて考える、鉄人にとっては毎年とても大切な日なのだ。
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2014年08月05日

ワインショップ。

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写真は知人の店の中である。メールが来ていたので、どうせ商売が不調なんだろうと思い冷やかしに行ったのだ。

鉄人の知人友人には変な奴が多いが、この店の店主も相当変である。いわゆる「健康の為なら命もいらない」という類いの人物なのである。彼はワインと健康に良さそうな食品を扱う店をやっていた。

今日の夕方、彼の店に行ってみたのだがドアが無い。八百屋みたいにオープンなのである。おまけにエアコンも無かった。むっとする様な蒸し暑さの中、彼は奥のレジカウンターで扇風機さえつけず店番をしていた。

彼の店は、一階がワインショップ、二階が居酒屋になっている。以前酒好きだった鉄人が、多分、広島広しといえど、この男ほど酒を熟知している人間はいないだろうなぁと思わせた唯一の人間なのだ。

それほど酒に関して博識であり飲んでも来ているのだが、こういうタイプの人間は大体ヘンクーである。この男もご他聞に漏れず相当ヘンクーなのだ。

店には自分が試してみて気に入った商品しか一切置かない。売れそうだから置くという感覚がないのである。だから今爆発的に売れているあの日本酒も歯牙にもかけない。どうも製造方法が気に入らないらしい。

そんな男の店だから多分そんなに儲かっているとは思えない。思えないが、この男の商品に対する目利きには狂いがないのだ。

鉄人が以前酒を飲んでいた頃は、彼のお薦めのものを何の迷いも無く飲んでいた。そしてその目利きの確かさに驚嘆したものである。事実酒にうるさい人間なら必ず彼の店に連れて行った。そして毎回好評を博したものだ。

蘊蓄も半端ない。こっちが聞いていなくてもそんなの関係なくしゃべりまくる。もう勝手に言葉が出てくるのである。一緒にいたかみさんには顰蹙もんだったが、全然平気、鉄人達が店にいた時間の始めから最後までひとりでしゃべりまくっていた。

冷やかしに行ったのではあるが、何も買わないというのは可哀想である。かみさんがワイン好きなのでワインを買って帰ることにした。

彼の店のワインは安い。それを次々出して来る。一本でいいと言っても、例の蘊蓄を機関銃の如くしゃべりながらどんどん出して来る。予算があれば全部買ってもよかったが、そこはベテラン主婦のかみさん、無表情で一本だけ選んでいた。

そこで彼が放った一言。「しぶちんやなぁ〜。」

ちなみにワインはちゃんと空調の効いた部屋に保管してある。

広島ケイワイン

http://members.fch.ne.jp/kanpai/

082-291-5887

オーナーの蘊蓄が聞きたいというドMな人は遊びに行ってやってくれ。







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抑止力。

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昨日ブログで紹介した「不満を言ったらはめ換えるブレスレッド」を早速試している。写真のパープルのブレスレッドがそうだ。

微妙な色なのでおっさんの鉄人にはちょっと恥ずかしいのだが、おっさんのブレスレッドなど誰も関心がない様で完全にスルーされている。

ところがこの微妙な色のブレスレッドの威力は絶大だったのである。今日鉄人がブレスレッドを左右はめ直したのはたったの4回。これは鉄人にとっては凄いことなのだ。

一日中不満を言っていた鉄人が、今日たった4回しか不満を口にしなかった。不満がなかった訳ではない。不満を言いそうになると、ブレスレッドのことが気になりそれを我慢したのである。

そして我慢するだけではなく、どうしたら不満な気持ちにならないかを懸命に模索し始めた。そうしたら今日一日最近になく穏やかな気持ちで過ごせたのである。

ブレスレッドが強力な抑止力を発揮したことになる。でもわずか4回といえどクリアできなかった訳で、また振り出しである。

三週間目のその日に不満を言っても振り出しに戻る。これは手強い。ただこの「不満を言わない」刷り込みを続けていたら、間違いなく人格が変わる様な気がする。それも良い方に。

posted by masa at 00:02| Comment(0) | 日記