「罪な頂き物」

「不満を言ったらはめ変えるブレスレッド」を実践している鉄人だが非常に難儀している。
まずこりゃ駄目だと思ったのは野球中継である。ブレスレッドに頼っていた抑止力が全く効果がなくなるのだ。テレビに夢中になってくるとブレスレッドの存在が何処かに飛んで行く。
「外野フライくらい打たんかい、梵!!」「振り回しすぎなんだよキラ!!」「目ぇつぶって振ってんのかエルド
レッド!!」「中崎は決め球がないんだよなぁ〜。」「脳みそあるんか◯◯!!」
もうぼろぼろである。不満を言う度に始めはブレスレッドをはめ変えていたが、あまりに頻繁なので途中で止めてしまった。
まあカープへの不満は笑い話で済むかもしれないが、家庭だとそうはいかない。鉄人、母親との会話が少なくなって来ているのである。
高校を卒業以来40年ぶりくらいに母と同居しているのだが、やはり摩擦は避けられない。会話をする度に不満の種が出来るのでそれが嫌で無口になるのだ。
鉄人はそんなに不満を漏らす方ではない。不満や愚痴を言うのが嫌なのだ。ただ母とは根本的なところが噛み合わず、口をきけば内心不機嫌になることが少なくない。
一番血が濃い肉親だけになかなか冷静でいることが難しいのである。そこで防衛策ではないが、自然に口数が減ることになる。
人間関係が破綻していくのは大抵不満が原因である。だから不満への対処法は、良好な人間関係を築く為には不可欠なものになる。でもそれを真剣に考え実践している人間は多分少ない。皆相変わらず毎日毎日不満を抱えて生きているのである。
不満とは何だろう。不満は対象が自分の考えや価値観と合わなかったときに生まれて来るものだ。自分の思い通りならすべてに満足で不満が生まれて来る要因がない。だが現実はほとんど自分の思い通りにならないから不満も大きいのである。
そう考えれば、「自分の思う通りにものごとがなる」ということがそもそもの間違いであることに気づかされる。現実の世界で自分の思い通りになることがどれほどあるだろう。
「人生は自分の思い通りに何一つなりません。」と、仏陀はさらに手厳しく説破されている。それが真理なら「自分の思い通りにしたい」という考え自体が最初から現実と乖離していることになるのだ。
だとしたら、ならないことをなそうとして不満を持つということは、実に「愚か」なことになってくる。母に置き換えてみる。母は鉄人の思い通りになるのか。ならない。ならないと分かっているのに何故不満を持つのか。愚かだから。
結論は「鉄人は愚か者」ということになる。言い換えれば「愚か者だから不満を持つ」ということになりはしないだろうか。
ただ知っておくべきことは、「不満を言う」ことと「意見を言う」ことは違うということだ。不満は感情なのだ。それも極めてマイナスの。
「母は宇宙人」だと思ってコンタクトをとってみるか。