2013年12月03日

還俗。

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ある高名な出家者が「還俗」された。お名前を「柴崎光男」氏と言われる。還俗とは、出家者が我々が生活している俗世に戻ることを指すが、この方の還俗は大変にセンセーショナルなものであった様だ。

鉄人が、アーチャン・チャーを非常にリスペクトしていることは、ブログを読んでいただいている方には周知だが、この柴崎光男氏は、そのアーチャン・チャーの高弟の一人で、「アーチャン・光男・カウェーサコー」師の名で、タイでは最も有名な日本人として、タイの国民に慕われておられた。

葬儀の時、国中から100万人が集まったといわれているほど、国民に尊敬されていたアーチャン・チャーの教えを継承する数少ない精神的指導者として注目されていたアーチャン・光男師の突然の還俗は、タイ国民にとってもにわかには信じ難いニュースとして、大々的に報道された様である。

鉄人も、この事実を昨日たまたま観たネットで知って、大変ショックを受けたのだ。仏陀の教えによれば、最終的な悟りは、出家していないと不可能だそうである。それは、俗世にいる限りすべてを手放し無欲を貫いていては生きていけないという理由からだ。完全なる解脱を成就するには出家は不可欠になる。

光男師は、若くして出家され、40年近い修行を経て今のステージに昇られている。仏道のゴールに最も近い思われる方が、その立場を捨ててまで野に下ったのである。それが鉄人にはまだ理解ができない。

そして還俗してすぐ結婚をされている。写真がその様子である。後ろめたさなど微塵も感じられない達観された表情にも見える。男の修行者にとって、女性の存在は最も修行の妨げになるものである。今回、その女性を修行より大切だと選択され、還俗されたことになるのだろうか。

体調が優れなかったとか様々な憶測が流れているが真実は分からない。ただそれほどの修行者が還俗したという事実。鉄人の修行のあり方にも影響が出てくると思う。

posted by masa at 11:33| Comment(8) | 日記
この記事へのコメント
これで修行に影響が出るようでは困りますね

むしろ気を引き締めてしっかりなさるべきだと思います。

名前が有名だとか誰の弟子だからとか、袈裟を来ているとか、全然関係ないでしょう。

他人の心など分かりません。

喝ですね。
Posted by 慈悲と智慧 at 2013年12月03日 19:16
慈悲と智慧様 いらっしゃいませ。

「喝」有り難うございます。

慈悲と智慧様が仰る様に、有名だとか袈裟を着ているとかは関係ないと思います。

言葉足らずだったのですが、影響があると申しましたのは、悪影響という意味ではなく、現在の自分の修行のあり方を、もう一度見直してみるべきではないかと思っているのです。

小生は素晴らしい師に恵まれ、お寺も近くにございます。でも最近はほとんど自分の部屋で、瞑想に明け暮れております。

修行は結局は独りで歩むものだとの思いが強くなっているからです。

あれだけの人でも心変わりをする。アーチャン・チャーの本を読んでいても、自分と同じ様な失敗も随分されている。

俗世の中で生活し、勇気も根性もない自分を卑下している部分もありました。でもそんな情けない自分でも、結局は独りで歩まなければならないのだと。頼れるのは己だけなのだと。

小生はアーチャン・チャーの指導方法が合っていましたので、その教えを直接受けた修行者達には憧れはあったのです。しかし多くの弟子達は寺を離れたり還俗したりしています。

仏陀でさえ、その教えに反感を持っていた弟子もおりました。どんなに優れた師から学んでも、結局は自分が修行するのだと、今回のことからでもショックではありましたが強く感じとっているのです。

慈悲と智慧様が仰る様に他人の心など分かりません。

なのでこれからは今まで以上に独りで修行に励むつもりです。

お心使い深謝致します。


Posted by 鉄人 at 2013年12月03日 23:48
いえいえ
影響というもの誤解しておりました。

全ての事案は、自分にとってケースス学習になると思います。

スマナサーラ長老が以前講演会で、ニュースなどを見て、怒ったりするのではなくて、この出来事から私は、何を学ぶことが出来るという視点を持ちなさいとおっしゃっていたのを覚えています。

後は、慈しみですね。

還俗したお坊様も幸せでありますようにと
Posted by 慈悲と智慧 at 2013年12月04日 17:26
慈悲と智慧様

出来事からの「学び」。そして「慈しみのこころ」。

確かに仰る通りです。
Posted by 鉄人 at 2013年12月04日 21:09
>「最終的な悟りは、出家していないと不可能だそうである」

 間違っています。最終的な覚りは、在家でも可能です。しかし、出家しないならばそのまま般涅槃に入られます。

☆★☆ 引用開始 ☆★☆

 もしも在家が阿羅漢に達したならば、出家するか、涅槃に入るかです。


 在家でいるならば長くても七日までです、と言うのは仏教の一般的な理解です。


 (お釈迦様の父王も臨終のとき阿羅漢果に達しました。又、他のケースもあります。女性信徒が臨終の時阿羅漢果に達したケースは経典・仏典の記録にはありませんが、私はこのような方々もおおいに居ただろうと思っています。)ということは、阿羅漢以外の他の7つの境地に達している人々は、在家社会でも見られるのです。

☆★☆ 引用終わり ☆★☆

 http://www.j-theravada.net/qa/qahp69.htmlのスマナサーラ大長老の説法より引用しました。
Posted by カニ at 2013年12月08日 10:47
この記事を読んでびっくりしましたが
光男氏は解脱なされたのではないでしょうか
解脱し輪廻を脱してごく普通の人間になられたのではないかと
強くそう思うとともに、なんともいえない喜びが心を満たしています
Posted by ヤハギトモノリ at 2013年12月08日 16:06
カニ様 いらっしゃいませ。

コメントどうもありがとうございます。

理解致しました。在家でも阿羅漢に達することは可能だが、阿羅漢に達したならば、在家ではいられないということですね。

この文章は読んでおりましたが、理解していなかったことになりますね。大変貴重なお言葉深謝致します。
Posted by 鉄人 at 2013年12月08日 16:44
ヤハギモトノリ様 いらっしゃいませ。

コメントどうもありがとうございます。

光男氏の心の中は分かりませんが、写真を拝見した限りでは大変良いお顔をされていると感じました。

仕事柄今まで数多くの方のお顔を真近で見てきましたが、写真の光男氏のお顔は穏やかで良いお顔だと思います。
Posted by 鉄人 at 2013年12月08日 16:53
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