2013年07月29日

Short and Straight

「静謐の森」

吉和の森.jpg

There's no one here,just this. No owner, no one to be old, to be young, to be good or bad. weak or strong. Just this, that's all; various elements of nature playing themselves out, all empty. No one born and no one to die. Those who speak of death are speaking the language of ignorant children. In the language of the heart, of Dharma, there's no such thing.

"When we carry a burden, it's heavy. When there's no one to carry it, there's not a problem in the world. Do no look for good or bad or for anything at all. Do not be anything. There's nothing more; just this."

「誰もここにいない。所有者はいない。誰も年寄りでも若人でもない。善悪も強弱もない。自然の要素が自分自身を最後まで動かす。すべては空である。誰も生まれない誰も死なない。死を口にする者は子供の言葉の様、こころや真理そのものを表す言葉は存在しないのに。

重い荷物を運ばないこと。運ばなければ問題は存在しない。あらゆるものを探そうとしない。何かをしようとしないこと、それ以上は何も無いのだから。」

我々を動かしているものは自然の中の様々な要素である。その様々な要素が我々を日々動かしているのは確かだ。その要素の何一つ我々は作れない。我々の身体を構成している要素はすべて自然が作り上げたものである。その要素も顕微鏡的拡大を続けていくと、そこに何も実在していない。現象があるだけだ。少なくともまだそれを発見されていない。空なのである。すなわち無我である。空なのに自我があるとはロジックとしてありえないのではないだろうか。

空ならば無我ならば執着に値しない。アーチャン・チャーバンテーのこの短くて真っ直ぐな言葉は実にシンプルだ。真理はシンプルなものだと思うのである。


                                                     A Still Forest Pool

posted by masa at 23:29| Comment(0) | 日記
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