2013年07月25日

独り。

「白昼夢」

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今日の昼過ぎ友人カップルがスタジオに来た。頼んでいたものを納品に来たのだが、そこは友達だから直ぐには帰さない。友人カップルも今日は時間があった様で、鉄人夫婦の雑談の相手になってくれた。

友人カップルは夫婦ではない。お互いバツイチだが思春期の子供達のこともあり入籍はしていない。だがすこぶる仲が良い。ふたりとも裏表がない掛け値なしの好人物である。

そのふたりとの雑談の中で、子供達の病気の話しになった。お互いの子供達のひとりは病気していて、もうひとりの子供は重い病気になるかもしれない遺伝子を持っているのだそうである。

病気の子を持つ彼女の方は心配のあまり以前より随分細くなっていた。彼女の気持ちを思うといたたまれなくなるのだが、親とはいえ病気を代わってやれないのだ。そう、親がどんなに子供に対して愛情を注いでも、病気そのものを代わってはやれないのである。

それは病気に限らず、すべてに於いて本質的なものは代理ができない。難関大学に入りたければ自分が勉強しなければならないし、プロ野球選手になりたければ自分が練習するしかない。

お腹が空けば自分が食べなければ満腹にはならないし、眠たければ自分が寝らなければそれは解決しない。小さな子供が病気なのは可哀想だとは思うが、親や医者の手を借りながら自分で克服していくしか手が無いことになる。

鉄人自身の身に起きたことは、鉄人自身が解決するしかない。そういう意味に於いては皆「独り」なのである。そして「独り」なのだということを自覚し、精神的に「自立」することが最も大切なことだと仏陀は説かれる。

我々はそれぞれの前のカルマの結果として現在がある。身体が強いものもいれば弱いものもいる。生まれてくる環境もすべて異なる。前世を含めたそれぞれのカルマが今の自分である。とするのが仏教の概念である様だ。

不条理で不平等の様だが現実はそれを推定している。確かにどう見ても不条理で不平等に見えるのだ。その不条理で不平等な状態に反発するのか、それとも受け入れるのか。

仏教はすべてを受け入れる様にと説く。抗えないものには抗わない。すべて受け入れる。それが精神的な「自立」にも繋がるそうである。今日の雑談の中で、人は結局皆「独り」であることを鉄人は再認識していた。




posted by masa at 01:11| Comment(0) | 日記
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