2010年02月04日

親父の誕生日。

Photo 夕陽
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一昨日は一昨年亡くなった親父の誕生日であった。生きていれば満の八十歳。まだ生きていてもおかしくはない歳ではある。 
 
生前は、毎年なにがしかの誕生会を設けていた。実家のこともあったし、何処かのレストランでの食事会みたいなこともあった。家族旅行もしたような記憶がある。

鉄人の両親はちょっとふざけている。鉄人は高校を卒業してから誕生日なるものを祝ってもらった記憶がない。それは親父が亡くなる前年までそうであった。

そのくせに、自分達の誕生日には、あれを食べさせろ、あそこに連れて行け、などとやたらに五月蝿かった。

かみさんと「勝手だよねえ」と、毎年苦笑していたのを思いだす。

親父は他界していたが、昨年も故人を偲んで母と一緒に食事会をした。

しかし今年は何もしなかった。母からも特に「勝手」なお願いはなかった。

人はこうやって、少しずつこころが遠ざかっていくのだろうか。決して忘れることはないのだが、何か感情が薄れていくというか。

話しは少し逸れるが、日本のお寺の仕事と言えば、僧侶がお葬式でお経を読むことだったり、檀家の先祖代々のお墓を守っていくことだったりする訳で、何か「亡くなった人担当」みたいな感じだが、本当の仏教の役目は全く違う。

本当の仏教の役目は、「今、生きている人」の為のものなのだ。「今、生きている人」が、どうより良く生きるか。そのより良く生きる為の見本を、自らの生活態度で示していくのが、僧侶の本来の役目なのである。

葬式でお経をちょろって読んで、「ハイ、三万円」戒名を付けて「ハイ、三十万円」「五十万円」。仏陀は、そんなこと一言も教えていないし、もちろん自らもやっていない。

元々仏陀の教えでは、肉体というのは不浄のものだと捉えている。肉体にあまり執着せずこころを磨きなさい。というのが教えなのである。

生きている人間に対してさえそのような態度なのだ。ましてや死んでしまった人間の肉体に対して何のこだわりがあるだろうか。

「生きている今がすべてです」「修行は生きている今しかでき ません」常々仏陀はこう説いていた。

そして仏陀の最後の言葉は、

「怠らず修行をしなさい」というものであった。

死んだら良さそうな戒名を付けてくれなどと、言う訳ないのである。

初期仏教の死生観では、親父は既に生まれ変わっている。もちろん鉄人が知っている親父としてではないが。

少なくても墓の中にはいない。だからあんまり墓参りにはいかない。紋切り型の法事なども本当は好きではない。

自分が正しく生きること。それが一番親父も喜ぶだろうし、一番の「回向」にもなると思うのである。
posted by masa at 01:27| Comment(2) | 仏教夜話
この記事へのコメント
鉄人様 おはようございます。

父上の思い出を綴られて、よい供養だと思います。
私の両親は既におりませんが、父親は昭和25年53歳で、辛口が6歳の時他界、母親は昭和63年82歳で亡くなりました。

しかし、人間とは不思議なもので、親が亡くなったのは忘れることが出来るのですね。
私の姪は交通事故で息子を亡くしましたが、これは忘れることなど出来るはずもなく、一生背負っていくのだと思います。

今朝は雪の舞う天候でとても寒く、まさに“立春とは暦の上では春なのに、それは名ばかりで・・・”

風邪など引かれませぬように。
Posted by なんでも辛口 at 2010年02月04日 08:29
師匠様 いらっしゃいませ。

コメントどうもありがとうございます。

親が亡くなったことは忘れられるが、我が子を亡くしたことは忘れられない。本当に胸に迫る言葉だと思います。

でもどうしようもありません。人は無力な存在ですね。

立春なのに本当に寒いですね。こちらは雪こそ降っていませんが、やっぱり寒い。寒いのが苦手な鉄人は、テンションが下がりまくりです。(笑)

でも寒い冬があるから、暖かくなる春を有難く感じる。
面白いものです。

師匠様は、ブログで写真を拝見していると、何時も元気溌剌なご様子。

こっちの方でも、やっぱり鉄人の師匠です。
Posted by 鉄人 at 2010年02月04日 15:02
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