2009年10月08日

五十二年目の初体験。

Photo 錨を下ろして
ikariwooroshite.jpg

今日、鉄人は五十二年目の初体験をしました。その初体験とは、「講師」です。 
 
鉄人が日頃お世話になっているクライアントさんから、写真教室の講師をやってくれないかという依頼があったのです。

元々は息子に依頼があったのですが、写真を撮るのは自信があるけど、人前で話しをするのは自信がないという息子に成り代わり、鉄人に白羽の矢が当たったという訳です。

白羽の矢が当たったのはいいんですけど、いかんせん鉄人も生まれてこのかた「講師」などというものをやったことがありませんでした。

息子も経験がない。鉄人も経験がない。経験がないということは同じなのですが、年の功ということで一応鉄人が、メインの講師を仰せつかったという訳です。

まあ写真教室ですから、鉄人の得意分野ではある訳です。ただ素人さん相手にしゃべったことがないので、専門語を使わずにどれだけ理解してもらえるか。その点に関しては一抹の不安がありました。

講演時間は一時間。意外に短い時間です。この短い時間にどれだけ理解してもらえるか。自信がないのでそれなりに原稿も書きました。

そして、いざ本番。参加者は四十人くらい。どんな質問をぶつけてくるかも解りません。解んないけどどうにかなるだろうと気楽なものでした。そして鉄人的には何とか無事に終了しました。

鉄人の場合、そのような場面でもあまり緊張するということはありません。別に自信があるわけではなく、なるようにしかならない。という気持ちが何時もあるのです。

別に恥をかいても、鉄人はこれからも覚えているでしょうが、参加者は記憶の片隅にもないでしょう。仏教の教えである「すべては無常。変化生滅している」という想いがあるので、恥をかいても仕方がない。成るように成るわ。という開き直った気持ちが常にあるのです。

なので、たぶんオバマ大統領の前であろうが、誰の前であろうが特別に意識するということはないでしょう。そういう意味では真理に触れているものは、それ以上のものはありませんから、意外に強いものがあるのかもしれません。

何があってもどっちみちたいしたことはない。原始仏教の場合、死でさえもたいしたことはない。という教えなのです。なのでこの世で「死」以上の一大事はない訳ですから、「死」さえたいしたことがないという原始仏教に日頃から触れていると、それ以外でシビレルような想いをすることは、特段にはないなあと感じてしまいます。

ただ、だから講師をちゃんと務めることが出来たかどうかは、また別問題。

たどたどしく話しをする鉄人に、一時間もの間、我慢して聞いてくれた参加者には、こころから感謝しています。

一時間という短い時間でしたけれども、みなさんのお陰で本当に貴重な経験をさせてもらいました。

参加者はともかく鉄人と息子は自己満足。いただいた講演料は、半分は息子の小遣いに(鉄人があらかたしゃべったんだけどなあ)。半分は、今夜、近くの焼肉屋さんで開いたお疲れ会で、ビールの泡と消えてしまいました。




今日の体重  65.0kg

今日の歩数  3.000歩

今日の食事  朝 ニンジン・セロリ自家製ジュース 500cc
         バナナ  1本

       昼 無し
  
       夕 焼肉店で焼肉(牛丸というお店。ここは安
         くて文句無しに美味い。おまけにオーナー
         が手品を見せてくれる。暇なん。)

       間食 無し

       飲酒 生ビール  1杯
          冷酒350ml 1本

       一言 五日市の「牛丸」。お客さんは少ないけ
          ど、お肉は文句無しに安くて美味しい。
          ぜひ一度行ってみてください。
       
       1.000キロカロリー
posted by masa at 23:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 撮影日記
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