2009年09月07日

思い出の一枚  「晩夏」

Photo 晩夏
banka.jpg

今日あるクライアントから頼み事をされました。手持ちのストックフォトの中から田舎風の写真を探してくれとの頼みです。 
 
鉄人は元々田舎の風景が好きで以前から撮り貯めています。「どれがいいかなあ」と鼻歌混じりで探し始めました。そうしてしばらく探していたら、ある一枚の写真に眼が止まりました。

その写真が今回ご紹介する思い出の一枚「晩夏」です。なかなかイケてるタイトルでしょう?自分では密かに気に入っています。

でも眼が止まったのはそういう理由ではないんです。というのはこの写真の風景、今ではもう無いからです。この写真を撮影した場所は鉄人のスタジオからほど近い、五日市の石内というところです。

新藤兼人監督の最新映画「花は散れども」のロケ地にもなったところです。この地は監督自身の古里でもあるのですが、市内には数少ない田園風景が広がるところでした。

監督も愛したこの風景が今はもうありません。まだ一昨年のことです。この写真はその少し前に撮影したものですが、もうすぐ訪れるその時を一本の木が静かに待っているような気がしたのです。後付けですが。

ちょっとセンチになってこの写真を見つめていた鉄人ですが、仏教の世界ではこのような「終わり」に対していたってクールです。何故ならおシャカさまの教えの根本である「無常」のひとつに過ぎないからです。

「無常」とは、情けが無い「無情」ではなく常が無い「無常」のこと。すべてのものはひと時も止まることなく変化生滅を繰り返しているのだとおシャカさまは説いています。

変化とはある状態が終わったらある状態が生まれること。言い換えれば、死がなければ次の生はないということです。

今回の例ですと、田園という状態が終わって(死んで)空き地という状態が生まれた。そして空き地という状態が終わってショッピングセンターという状態が生まれるかもしれない。ショッピングセンターが潰れたら駐車場という状態が生まれるかもしれない。永遠にこれの繰り返し。

これが変化生滅です。これはすべてのものに当てはまる真理。当たり前のことなので仏教では特段感傷的にはならないという訳です。

実は人間も同じなのです。死んだらその瞬間に次の状態に生まれ変わるのです。変化生滅の法則を当てはめると、そうかもしれないと思いませんか。これがよく耳にする「輪廻転生」ですね。

話しが横道に逸れてしまいましたけど、この写真の場所の今の様子。草ボーボーの空き地を思い浮かべると、確かに新しい「生」ではあるなあと思ってしまうのです。


広島ブログ

posted by masa at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 思い出の一枚
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