2009年08月24日

修行はつらいよ 第9話 <瞑想会やりました。> 

Photo 蓮の花
hasunohana.jpg

昨日、予定通り瞑想会をスタジオで行いました。参加者は七名、上は七十代の女性(鉄人の母親)から下は十一ヶ月の赤ちゃんまで。少人数の船出でしたがなかなか有意義な会になりました。 
 
開始時刻は午前十時。初心者もいましたので、まずは瞑想方法の説明から。講師はいませんし、みんな素人。なので瞑想の方法を説明しているビデオを全員で観ることにしました。

これ結構賢い方法かも。繰り返し観たい場所があれば何度でも再生出来る訳ですから。

鉄人達の瞑想方法はヴィパッサナー瞑想と言います。耳慣れない方の方が多いと思いますが、二千六百年前、おシャカさまが、ご自分で実際にされ「悟り」を開いたとされる瞑想方法です。

ですからこの瞑想方法を完璧に実行出来れば、必ず悟れるという、実はとんでもない瞑想方法なのです。

理論的には、これがおシャカさまが「悟り」を開いた瞑想なのか、と戸惑うくらいシンプルです。「人間の悪や苦しみは妄想によって生まれる」と気が付かれたおシャカさまは、「じゃあ、妄想をしないようにすればいいんだ」と考えられたのです。

「どうすれば妄想が生まれなくなるんだろう」

「そうだ!!妄想する時間を持てないようにすればいいんだ !!」

「そのためには物事をひたすら観察をすればいいんだ!!」

「観察している間は妄想出来ないから、悪いことや苦しいこ とを考えずに済む」

この観察する行為を「サティ」と言います。「気づき」という意味です。この「サティ」を瞑想で集中的に行うのです。

ところが言うは易く行うは難しで、この「サティ」が出来ないのですよ。少しの時間は出来るんです。でも続かない。すぐ妄想が入ってきます。「いかんいかん」と「サティ」に戻ります。

でもしばらくしたらまた妄想。これの繰り返し。妄想を消すというのは、実はものすごくむずかしいことだと実感するのです。

でもこの瞑想法。やはりただものではないようです。確かに「サティ」が出来ている間は、思考も妄想も存在しない。感情さえないのです。人間は一度に複数のことは考えられませんから、「サティ」に集中する時間が長ければ長い程、こころはピュアな状態にある訳です。

まあおシャカさまが「悟り」を開いたぐらいとんでもない瞑想なのですから、一朝一夕で出来るはずもなく、蝸牛の如く修行するしか手はありませんかね。

午後からは初期仏教の勉強会。スマサナーラ長老の講演会のビデオを観ました。例のひっくり返ったような声で、部分的にちょっとあやしい日本語で話されるのですが、中身はこれも驚嘆するようなお話。真理をベースにした心理学ですから曖昧さが微塵もありません。完全に人間というものを見切っ
ていますね。でもその分耳障りの良い話しばかりではありませんよ。相当にシビアです。

考えてみれば長老が話しているのですが、内容はおシャカさまが説いた教えそのままなので、おシャカさまが直接話されているのと何ら変わらないわけです。

これだけの内容を七人(途中ひとり退席、鉄人の母親です。付いて行けないのですね。それともうひとりは赤ちゃんでした)だけで、聞くというのは本当にもったいないなあ。

この瞑想会と勉強会は、毎月第四日曜に開きます。参加費は無料。ぜひ遊びに来てくださ〜い。
posted by masa at 17:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 修行はつらいよ
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