2009年01月20日

般若心経は間違い?

般若心経
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ここに般若心経の全文があります。二百六十二文字。短いでしょう。これが日本で一番有名で難解といわれているお経です。 
 
早速疑問点を挙げてみます。観自在菩薩とは観音菩薩のこと。舎利子とは、お釈迦様に智恵一番といわれたサーリプッタ尊者のこと。ここでは観音菩薩が、尊者に対して教えを説く文章形式になっていますが、実は観音菩薩より尊者の方が格が上なのです。菩薩とは悟りを開く為修行している状態のことを言います。尊者は悟りを開いていますので、修行中の菩薩から教えを受けることはないのです。

次にあの有名な「色即是空」。「色」は「現象」とか「肉体」とかいった、見えたり、聞こえたり、感じたりなど出来るものをいいます。「空」とは、簡単にいうと「実体のないもの」を言います。ですから「色即是空」とは、「現象」や「肉体」は、実は「実体がないもの」ですよ。という意味になります。これはいいのですが、次に出てくる「空即是色」。これが問題だとスリランカ上座仏教長老スマナサーラは反論しています。何処が問題かというと、「空」すなわち「実体のないもの」は「色」すなわち「現象」や「肉体」ですよ。と文章を続けている点です。どういうことかというと、彼は例を挙げていますが、「リンゴはくだものですよ」。これはオーケーですね。でも「くだものはリンゴですよ」。というのはおかしいことになるのです。解りますよね?「空」の概念そのものが、ちょっと解りにくいかと思いますので、後日また取り上げます。

次によく般若心経の解釈文で「空」と「無」を同義に扱っているケースが多くありますが、お釈迦様は「無」というものを、否定しています。「無」とは「何にも無い」。ということで、「実体がない」のとは、まったく異なる訳です。般若心経では、この「無」という言葉がやたら出てきます。「何にも無いのだ」ということになれば、今こうやってブログを書いていることも、パソコンの画面を見ていることも、息をしていることも、すべてが「無い」になってしまうのです。しかし現実は鉄人は今ブログを書いていますし、息もしている。「無」ではないのです。

最後に文章の終わりの方で、ギャーテイ、ギャーテイ、と意味不明の文が繋がっていますが、文字通り意味不明なのです。これは呪文だというのが定説ですが、ハッキリしていません。お釈迦様はこの呪文の類いを完全に否定しています。元々は仏教というのは、完全に科学ですから曖昧さが許されないのです。完訳出来ないギャーテイという言葉。この点から見ても経典と呼ぶにはいささかお粗末であると長老スマナサーラは諭しているのです。他にも問題点がたくさんありました。

鉄人も般若心経には以前より感心があって、読んだ解釈本の数は十冊を下りません。でも部分的に納得出来ても総論としてはスッキリしないものがありました。でも今回の長老の本はストンと腹に収まりました。尾籠な例えで申し訳ないのですが、便秘が解消した時の様な爽やかさがあります。この長老、お釈迦様の生の声を伝えんが為、膨大な著作を世に送り出しています。人生の宝島を発見したような気持ちです。上陸してせっせとお宝を発掘してみますか。

今日の体重        67.5kg

今日の歩数        10,000歩

今日の食事   朝    ヨーグルト
             コーヒー

        昼    中華丼
             水     1,000cc

        夕    キムチ鍋 
             ハム
             五穀米   一杯
             水     1,000cc

        1,400キロカロリー
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