2008年12月13日

生きる 黒澤明


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鉄人はブログのテーマにする程映画を観ていませんが黒澤映画は好きです。初めて黒澤映画を観たのは、小学生の頃父に連れられて行った「天国と地獄」で、この映画の映画の素晴らしさは、子供の自分でもよく解りました。特にモノクロ映画であったこの作品の中のワンシーンだけカラーなった瞬間は、40年たった今でも鮮明に覚えています。 
 
「生きる」は、黒澤映画の中でも特に代表的な作品で、去年テレビドラマとしてリメイクされました。近い将来ハリウッド映画としてもリメイクが予定されているそうです。

映画のあらすじを言いますと、30年間市役所の市民課長として平凡な生活を送って来た渡辺(志村喬)は、ある日胃癌と宣告される。残された時間の短さを知った渡辺は、今まで経験してこなかった色々な遊びを試してみるが心は晴れない。そんな折り、下町の人達の陳情に耳を傾け始め、ある決意が生まれる。そして小さな生き甲斐が出来行動を始める。という内容です。

この映画のクライマックスは、彼が小さな生き甲斐として完成させた小さな公園で、雪の中ブランコに乗りながら「ゴンドラの唄」を唄うシーンに尽きます。このシーンは世界の映画史に残る素晴らしいシーンだと思います。鉄人は以前、映画の中の何処かのシーンを切り取って壁に飾った時、絵になっている映画が好きだということを書きましたが、このシーンはまさにそれで、このシーンの為にこの映画を作ったのではないかとさえ思っています。

この映画は確かに傑作だと思いますが、何故テレビドラマ化されたり映画でリメイクされたりするのでしょう。それは「生きる」が人間にとって普遍的なテーマあることに他なりません。彼はあの決意をする前は「生きている」という人生でした。それが「生きる」という人生に変わります。胃癌を宣告されるというのは、映画的には死を宣告されたことですから絶望的に不幸なことのようです。しかしそれをきっかけにて「生きている」が「生きる」に変わった訳ですから彼の魂にとってどちらが良かったのは明らかです。ただこの世に未練はある。それがブランコに乗りながらの「ゴンドラの唄」で表現される訳です。人間というものは何とも切ないものです。

仏陀はただ「生きている」だけの人間を「製糞器」という表現をしています。随分過激ですね。それほど心を磨くことの大切さを説いているのです。もちろん「生きる」ことに早く気づけば越したことはありませんが、いくつになっても気づいた時から即行動を起こすことが出来れば、それは自分の中に埋まっていた宝を掘り当てたことになるのです。

この映画はストーリーはもちろん、脚本構成、配役、映像なども実に巧み、またともすれば暗くなりそうなストーリーに数多くのブラックユーモアを各所にちりばめています。百年後でも評価されるというのが本物。というのが鉄人の芸術に対するスタンスです。黒澤映画は百年先でも必ず観る人を感動させてくれると信じています。

今日の体重 70.3kg
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