2008年12月04日

血液型

Photo 裸樹
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最近は血液型の本が売れに売れているようです。「血液型 自分の説明書」シリーズは500万部も売れているとか。それだけ世の中の人は血液型に興味があるということですね。

実は鉄人も血液型に興味を持っていた時期があります。血液型別の性格や相性などにも興味はありましたが、神仏は何故、違う血液型を創造したのかという生命の根源的な部分に多大の感心があったからです。

確かに血液型によって性格の特徴に違いはあると考えられます。ただそれじゃあ目の前の人間の血液型を正確に当てることが出来るかというと疑問符が付きます。鉄人の場合でも、鉄人はA型なのですがだいたい当ててもらえません。O型でしょうと言われるのが一番多いのですが、自分の中では、典型的なA型の性格の持ち主だよなあと思っているのです。

このように自分が思っている自分の血液型のイメージと、他人が見ているその人の血液型のイメージは異なるケースが結構あります。この乖離をどのようにとらえればいいのか。結局は他人が感じているその人への血液型のイメージの方が合っているということになりはしないでしょうか。

そうなると血液型の性格の基準というものが、あまり意味をなさなくなってきます。鉄人が本当はA型でも他人がB型に見えていたら、その人にとって鉄人はB型なのです。

血液型ブームの昨今ですが、作家が勝手に作った無責任な基準に振り回されて相性とか好き嫌いとか決めていると、自分の意志で相手を見るという行為ががおろそかになりはしないか。本の中では相性が悪いと言われているその人の中にあるかもしれない宝物に、血液型を気にするあまり付き合うのを恐れ、その宝物に気づかずに終わってしまうことにもなりかねないのです。

鉄人のように仏道を歩むものは、仏陀に帰依しているわけですから仏陀の言葉が人生の基準になります。そこには血液型とか国籍とか老若男女とか貧富の区別は無くなります。それどころか植物から動物、魚、昆虫、細菌に至まで「命」はすべて同等、そこには差はないと仏陀は言い切っています。

そのような大きな視点から人間を見ると、血液型の違いというものはささいなことのように思えてきます。遊び感覚で血液型を取り上げるのは、実は危険なのではないか。何故なら人間が持つ潜在意識というものはけっして侮れないもので、それが原因で人と人との付き合い方がいびつになってくる危険性を「血液型ブーム」は多大に孕んでいると思うのです。

今日の体重 73.3kg
posted by masa at 23:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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