2008年11月23日

サーカスの景

サーカスの景
サーカスの景.jpg

この絵は古賀春江という画家の作品である。春江という名前でも女性ではない。本名は「亀雄」(よしお)という。中学生か高校生の頃多くの人が美術の教科書で彼の絵を目にしていると思う。それほど有名な大正期に活躍したシュルレアリズムの代表的画家である。 
 
実はこの古賀春江という画家。鉄人と少々関係がありそうなのである。実は親戚らしいのである。ちゃんと調べていないから本当のところはわからないが、子供の頃親からそういう話を聞いたような覚えがある。父は九州小倉の浄土宗の寺の出であるが、古賀も九州久留米の浄土宗の寺の出である。もちろん浄土宗の寺など何処にでもあるだろうから、そんな理由で親戚だろうなんて何の根拠にもならないが、何処かでは繋がりがあるのかもしれない。それと古賀が死んだ日と鉄人が生まれた曜日が同じである。偶然といえばそれまでだが、鉄人は勝手に縁を感じている。

さて「サーカスの景」であるが、古賀の絶筆である。鉄人は前より、作家の絶筆に強く引かれている。人生の最後に彼らが何を知り、何を感じ、何を得、何を捨てたか。絶筆の作品からそれを感じ取りたいのである。古賀春江は鉄人が大好きな画家で、そのモダンで神秘的でノスタルジックな作風は現在でも全く古くささを感じさせない。「サーカスの景」もその作風は変わらないが、他の作品と比べて非常に静かで弱々しい。強い生命力はもうそこにはない。しかしそれでも十分に魅力的なのである。

鉄人は静かな作風を好む傾向があるが、静かなものの中に本当の強さを感じることが多いからである。「サーカスの景」は不思議な作品である。構図がまず変である。まるで小学生が描いたようなアンバランスさなのである。キリンの位置といいアザラシの位置といい、普通の場合まず考えられない構図なのである。絵も何かヘタクソである。ボソボソしたタッチで素人が描いたみたいである。作家の狙いも読み取れない。でも非常に気になる絵なのである。事実この作品の人気は高い。よくわからないけど好き、という感情が多くの人にあるのは間違いない。

古賀は僧籍に入っているので、僧侶でもあった。彼が筆をとる時の心理の中に、仏道の世界があったのは確かである、モダンな絵を描いていてもその中に「仏」を描いているはずである。はずと言ったのは、鉄人は彼の作品とまだ対峙したことがなく印刷物でしか判断出来ないからである。それでも何かを感じているのも事実で、一度本物を観てみたいとこころから願っている。

絶筆といわれる作品群を観て思うのは、テクニックが感じられなくなっているケースが多いことである。体力が弱っている場合も多いであろうが、逆にわざとテクニック臭さを消している、必要としなくなっているケースもあるのではないかと思う。そしてまず例外なく静かな作品が多いことである。
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