2014年09月26日

父母の恩。

「実り」

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父母の恩を説いた仏陀の教えに「仏説父母恩重難報経」(ぶっせつ ぶも おんじゅう なんほう きょう)というものがある。ひたすら父母の恩に報いるべきという内容だが、儒教的な人倫の教えを説く偽経だと言われている


古い教典である「スッタ・ニパータ」には次の様な教えがある。

「老い衰えた母と父を養うことが出来るのに養おうとしない人、そこに没落の始まりがある」

偽経だろうと最古の教典だろうと、鉄人は父母のお陰でこの世に生まれたのだから、父母に対して大恩があることに変わりはない。父は既に亡くなったが、母には親孝行せねばならぬと思っている。

独りで実家で暮らしていた母を呼び寄せ同居も始めた。本来ならば親孝行をして母に喜んでもらっているはずなのに、現実は会話さえしなくなっているのである。

結果が出ていないのだから鉄人は何かを間違えているのだ。母の言動に少しのことでも強い怒りを覚える。他人に対してはまず出ない感情である。

他人の言動に強い怒りを覚えたという記憶はあまりない。だが母に対しては些細なことでも血が逆流しているのが分かる。

この自分の感情が理解出来ないで苦しんでいるのだ。そして何処かで感情が爆発するのを恐れて会話をしなくなった。

正直言えば、彼女は愛すべきキャラクターの持ち主とは言えない。以前はある組織のトップに君臨していたが、多くの弟子たちとは何時の間にか疎遠になり、今では訪ねて来る教え子もほとんどいない。

孫たちとも良好な関係とは言えず、妹の子たちとは全く付き合いはなく、鉄人の子供たちも何か訊かれれば答えるという程度で、積極的な交流ではない。

そんな寂しい人間関係を作り出したのは彼女のキャラクターに原因があるのだが、鉄人の親なのである。産んでくれた大恩ある母なのである。

ただ鉄人にも感情はある訳で、母の恩を知りながらもやはり不快な思いをすることが多いのである。怒ればもっと関係は悪化するだろう、さりとて冷静を装い話をしても理屈が通じる相手でもないのだ。同じ言動を繰り返すのである。

さてどうしたものか。会話がないことは決して良いことではない。何とかせねばと思う。でも何とかせねばというのも鉄人の心が平安ではない証拠で、そんな状態で何かをしても良い結果には繋がらない気がしている。

相手の立場に立って考えることも大切なことである。しかし自分を犠牲にしてまで相手を立てることは、その相手にとっても良いことだとは思えない。でももう彼女は変わらない。

まさに母は鉄人に本当の修行の実践をさせる為に、今目の前にいるのだ。これはチャンスでもある。読書などでは経験出来ないことである。真剣にやらねばならぬ。


posted by masa at 22:41| Comment(0) | 日記