2014年09月30日

英語力。

「砂丘2」

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今日はある大企業の撮影をしていた。社名が書いてあるつい立ての前で社員の方たちの顔写真を撮るというものである。そんなに難しい撮影ではないので気楽な気分でいた。

ところがである。その撮影をする社員の半数近くが外国人なのである。おまけに色んな国籍の人たちがいる。アジア系は日本人かどうかも最初分からない。

鉄人の気楽な気分は何処かに吹っ飛んでいったのだ。鉄人は英語が苦手である。読むのは幾らか読めるが、話すのはさっぱり。英会話など習ったこともないし普段外国人と話す機会も皆無である。この状況を前にして鉄人大いに焦ったのである。

仕方がないので知ってる英単語を並び立てた。「プリーズ!!」「スマイル!!」「グッド!!」「アーユーレディ?」「サンキュー!!」「ビッグスマイル、オーケー?」(これは通じない)

大汗かきかきもうやけくそである。でもさすが外国人、ノリは悪くない。大変だったが楽しい撮影であった。撮り終えた鉄人にスタッフの女性が一言。

「素晴らしい英語ですね。何処で覚えられたんですか〜?」

鉄人、完全に遊ばれている。
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2014年09月28日

日帰り旅行。

「砂丘」

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今日はかみさんとふたりで日帰りのバス旅行に出かけていた。行き先は鳥取砂丘である。旅好きだが金も時間もない鉄人は、日帰り旅行をするのが精一杯である。でも自分が運転すれば疲れる。翌日の仕事に支障を来すので最近はバスにしている。

旅行の行き先は鳥取砂丘であるが目的ではない。目的は海鮮の昼ご飯と食べ放題の梨狩り、そしてお土産を買うこと。さらにお持ち帰りである。

砂丘の観光など何処へやら、ひたすら物欲を満足させる為に企画された旅行なのだ。バスは一台だが満席。天候にも恵まれ暑いくらいであった。

旅行会社が「赤字覚悟」と銘打つくらいだから多少は期待していたけれど、満足するにはやっぱりそれなりの出費は必要らしい。

海鮮の昼ご飯は、スーパーで手に入るレベル。梨狩りもスーパーで手に入る以上の味ではなく、一個食べれば十分
。お土産の購入には全く興味がない鉄人。お持ち帰りも可もなく不可もないというものだった。

では楽しくなかったのか。といえば「楽しかった」のである。旅の醍醐味とは「予想を裏切ることである」と鉄人は思う。良きにつけ悪しきにつけ予想出来ないことが起きるのが旅だ。

実は旅の思い出は、残念なことが起きたことの方が強烈に覚えていて、その思い出が話の種になるのである。以前別府に家族旅行をしたときのことだ。旅館で出されたかみさんの夕食に青虫が入っていた。かみさんにとってはトラウマものの出来事だったのだが、その旅行の思い出話はその一点のみで、他の思い出話はとんと出てこない。

今回もその例に倣えば、腹一杯食べまくろうと目論んでいた梨狩りで、わずか一個しか梨が食べられなかった。というその一点にフィーチャーされるかもしれない。果物狩りなんて初体験である。それが「こんなものか」というがっかり感が良いのだ。

日帰りバス旅行は、旅費が一万円以下の設定がほとんどである。客層も年配者が多い。その分無理なスケジュールは組めない。鉄人は、かみさんが近所へのお土産を物色している間、昨日の保育園の運動会の撮影疲れもあり、砂丘近くのベンチですることもなくゆるゆるしていた。

日帰りバス旅行のそのゆるさが好きなのである。

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2014年09月26日

父母の恩。

「実り」

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父母の恩を説いた仏陀の教えに「仏説父母恩重難報経」(ぶっせつ ぶも おんじゅう なんほう きょう)というものがある。ひたすら父母の恩に報いるべきという内容だが、儒教的な人倫の教えを説く偽経だと言われている


古い教典である「スッタ・ニパータ」には次の様な教えがある。

「老い衰えた母と父を養うことが出来るのに養おうとしない人、そこに没落の始まりがある」

偽経だろうと最古の教典だろうと、鉄人は父母のお陰でこの世に生まれたのだから、父母に対して大恩があることに変わりはない。父は既に亡くなったが、母には親孝行せねばならぬと思っている。

独りで実家で暮らしていた母を呼び寄せ同居も始めた。本来ならば親孝行をして母に喜んでもらっているはずなのに、現実は会話さえしなくなっているのである。

結果が出ていないのだから鉄人は何かを間違えているのだ。母の言動に少しのことでも強い怒りを覚える。他人に対してはまず出ない感情である。

他人の言動に強い怒りを覚えたという記憶はあまりない。だが母に対しては些細なことでも血が逆流しているのが分かる。

この自分の感情が理解出来ないで苦しんでいるのだ。そして何処かで感情が爆発するのを恐れて会話をしなくなった。

正直言えば、彼女は愛すべきキャラクターの持ち主とは言えない。以前はある組織のトップに君臨していたが、多くの弟子たちとは何時の間にか疎遠になり、今では訪ねて来る教え子もほとんどいない。

孫たちとも良好な関係とは言えず、妹の子たちとは全く付き合いはなく、鉄人の子供たちも何か訊かれれば答えるという程度で、積極的な交流ではない。

そんな寂しい人間関係を作り出したのは彼女のキャラクターに原因があるのだが、鉄人の親なのである。産んでくれた大恩ある母なのである。

ただ鉄人にも感情はある訳で、母の恩を知りながらもやはり不快な思いをすることが多いのである。怒ればもっと関係は悪化するだろう、さりとて冷静を装い話をしても理屈が通じる相手でもないのだ。同じ言動を繰り返すのである。

さてどうしたものか。会話がないことは決して良いことではない。何とかせねばと思う。でも何とかせねばというのも鉄人の心が平安ではない証拠で、そんな状態で何かをしても良い結果には繋がらない気がしている。

相手の立場に立って考えることも大切なことである。しかし自分を犠牲にしてまで相手を立てることは、その相手にとっても良いことだとは思えない。でももう彼女は変わらない。

まさに母は鉄人に本当の修行の実践をさせる為に、今目の前にいるのだ。これはチャンスでもある。読書などでは経験出来ないことである。真剣にやらねばならぬ。


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2014年09月25日

一畳の宇宙。

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二ヶ月半ぶりに我が部屋に戻った。やっと涼しくなってきたからだ。鉄人の部屋は屋根裏にある。夏場は暑すぎて生き物の住む場所ではない。夏の間は酷暑を避けて我が家の避暑地である一階のスタジオで寝泊まりするのである


夏場の二ヶ月半は部屋の掃除もままならない。エアコンなどないし下手に掃除などすれば熱中症は確実である。昨日久しぶりに掃除をしたのだが、大晦日の大掃除にも匹敵するほど本格的なものであった。

大掃除序でに部屋にあったベッド、ソファ、テーブル、椅子を皆処分した。勿体ないがどうせ使わないものに部屋を占領させていても仕方がない。読書もパソコンも瞑想も結局は狭い布団の上でやるからだ。

鉄人の部屋は屋根裏なので、厳密に言えば部屋ではない。洗濯物の室内の物干し場でもあるし、家族の箪笥置き場でもある。ドアなどない。

だから鉄人が寝ていることなどお構い無しに家族がドタドタ行き来する。プライベートなどあったものではない。結局は写真に写っているベッドの換わりに敷いた一枚の畳の面積だけが鉄人のスペースなのである。起きて半畳寝て一畳、鉄人は図らずも実践していることになるな。

今夜も二階からかみさんが観ているテレビの音と、息子たちの部屋からゲームや息子の友人たちの笑い声が否応無しに聞こえて来る。鉄人が安眠を得るには耳栓が必須なのである。



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2014年09月21日

植物公園。

「一隅」

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何年振りだろう植物公園を訪れたのは。今日は午前中広島市植物公園で撮影をしていた。植物公園は我が家から車で五分、歩いても20分ほどの距離である。

自宅からも公園の木々を見る事が出来るくらいの近距離だが滅多に訪れることはない。数年に一度、撮影で来るくらいだろうか。プライベートではまず来ない。

今日も仕事だったのだが、秋空の爽やかな天候にも恵まれ久しぶりに植物公園を堪能した。今日の撮影は家族写真だったのだが、お父さんお母さんと幼い娘さんがふたり。

小さい子供たちにはこの公園は最適だ。特別な遊具はないが、季節の花々が咲き乱れ子供たちを飽きさせない。大人だって楽しめる。お父さんは20年振り、お母さんは初めて。子供たちも勿論初体験である。散策には最適のお天気の中、皆楽しそうであった。

撮影をしながらゆっくり歩いて2時間。正午丁度で終了。それ以上長くなると子供たちが飽きて来る。お昼ご飯の前に終わるのが良いのだ。

楽しそうな若い家族を見ていたら鉄人夫婦も楽しくなって来た。喜びも怒りも周りに伝染するのだ。自分自身も楽しい人として、周りの人たちを明るくしたいものである。
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2014年09月19日

窮屈。

「一休み」

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今日は鉄人にとって辛い一日であった。撮影自体が辛かったのではない。スーツを着なければならなかったのが非常に辛かったのである。

スーツ着用の撮影が年に数回ある。講演会の撮影だとかパーティの撮影などだ。クライアントの指示でスーツを着用することになるのだが、普段動きやすい軽装で撮影しているのでスーツが苦手なのだ。

実は鉄人、結構高価なスーツを何着か持っている。以前デパートの撮影をしていた頃付き合いで購入した。一度それを着て撮影に出かけたことがある。オーダーメイドのダブルのスーツ(おまけに縞模様)というおよそカメラマンには似つかわしくない格好で、その会場の列席者の誰よりも立派そうな出で立ちであった。

何も注意されなかったが、顰蹙ものだったのに違いない。スーツが苦手というよりネクタイが駄目なのだ。普段首を締め付ける様な格好などしないから、首にまとわりつくネクタイには非常に違和感を持つのだ。

革靴も駄目である。マイ革靴など持っていないから息子のを借りる。息子の足は鉄人よりちょっと大きい。だから撮影で歩き回る度、踵がカパカパと靴から離れて歩き難い事この上ない。

撮影を何とか済ませた後、ネクタイを緩めた瞬間のあの開放感は言葉に表せないほどだ。ホントはビールを一気に行きたいところであったが運転がある。スーツを我慢して撮影をした本日のご褒美はキリンの「力水」であった。
あれはなかなか美味い。

変な理由で普段の倍疲れた鉄人であったが、人がわんさかといる現場は、それはそれで熱気があって気合いは入るのである。(キレイなおね〜さんもいるし)
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2014年09月18日

苦慮。

「稲と曼珠沙華」

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鉄人の最近一番の悩みは母のことである。四十年振りくらいに一緒に住んでいるのだが、当初考えていたより相当辛い。

たまに遊びに来る妹も感じていたのだが、母は昔と随分違う人間になっていた。母は最も近い肉親であるが、鉄人が苦手とする人間のタイプに変貌していたのだ。

良い悪いではない。誰にでも苦手なタイプの人間はいるものだ。他人なら近づかなければいいのだが、老いた母に対してはそうはいかない。だが苦手なものは苦手なので苦慮しているところである。

母が悪いのではない。鉄人自身がどう感じどういう感情を持ったかの問題である。母を苦手にしていない人間だっているはずである。母は変わらない訳だから鉄人自身が変わるしかない。だがそんなに簡単にはいかない様だ。

現段階では必要な事以外は口をきかないことにしている。下手に口をきけば逆ギレされたり、誰かに悪口を言われるのがオチだからである。

口をきかなければ、表面上は摩擦が生まれないので一見静かだが、その様子は殺伐としていて決して楽しいものではない。

鉄人は長い時間を掛けて、楽しい家庭になる様に努力をしてきた。家族は身近な存在だからこそ何よりも努力をする事が必要だと思っている。お互いを尊重し協力はしてもそれぞれの人生の邪魔をしない。それには相当の努力が不可欠になるはずだからだ。

鉄人家族と母との共有の時間がまだあまりにも短い気がする。やはり努力をするしかないと感じている。母はもう変わらないだろうから鉄人自身がどうするか。

自分の心は自分のもののはずなのに、実はその心をコントロールするのは並大抵のことではない。当然鉄人もそうである。例えば「怒り」はいけないことだと理解していても、怒りは自然に生まれる。そして生まれた怒りをなかなかコントロール出来ない。

捕らえ所のないものが自分の心なのである。そして心はサボりたがる。自分で鞭打つしかないのだ。それが努力だと言える。

出来れば今までの様に笑いの絶えない家庭にしたい。かみさんや息子たちにも思うところはあるだろう。でもまずは鉄人が変わらなければならないのだ。これは学ぶチャンスと捉え自分の心を観察する事で、解決の糸口にしていきたいと思う。
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2014年09月16日

運。

「虫の音」

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今日は徳島まで鉄人と息子、そしてかみさんとで撮影に出かけていた。夕方仕事が終わって広島までの帰り道でのことである。

広島〜徳島間を車で往復すると約600キロ。一度の給油では足りず、徳島の板野のインター手前にあるガソリンスタンドで必ず給油をする。

そのスタンドはセルフではない。給油をスタッフに頼んだ後鉄人はトイレに行った。そしてしばらくして車に戻ってみると、鉄人の車の周りに人が集まっていたのだ。

「何事?」

給油の間にタイヤの空気圧を測っていたスタンドのスタッフのひとりが、

「左側後輪のタイヤの空気圧が足りません。パンクかもしれませんね。」

これから高速に入る。パンクなら一大事である。早速パンクかどうか調べてもらった。数分後・・・。

「やはりパンクでした。釘が刺さってました。どうしましょう?」

どうしましょうって、直してもらいたいに決まっている。

「修理をお願いします。」

10分くらい掛かると言う。10分なら短いくらいだ。することもなく待っていた。すると・・・。

「ラジエター液が減ってます。エンジンが焼き付くかもしれません。どうします?」

「じゃあそれもお願いします。」

かみさんはガソスタの商品は値段が高目なので渋っていたが、鉄人、「ポテト」も頼んでしまったのである。

ちょうど10分後、タイヤは修理を完了した。

もしガソスタがセルフだったらどうなっていただろう。もしガソスタのスタッフが空気圧を調べなかったらどうなっていただろう。その後すぐに高速に乗ったのである。今こうやってブログを書いていないかもしれない。後で考えたらゾッとした。

たった数センチの小さな釘が、鉄人家族の運命を大きく変えていたかもしれないのである。人生は1秒先のことさえ分からない不確かなものなのである。長い人生で積み上げて来たものが、ほんの些細なことで一瞬にして消えてしまうこともよくあることだ。考えてみれば人生など極めて儚いものなのではないか。

今回はたまたまパンクを見つけることが出来た。でも次は分からない。鉄人は、有人のガソスタを結構利用する。
「ポテト」も押しに弱いのでつい買ってしまう。でもそれで良いとも思っているのだ。

鉄人は車に全く興味もないし知識もない。そんな人間が自ら進んで車の点検やメンテをするだろうか。幾らかのお金を惜しんで、カー用品のお店に商品を買いにいくだろうか。否である。

有人のガソスタで定期的に簡単に点検してもらったり「ポテト」を買っていた方が、鉄人みたいな人間は安心なのである。

今回は修理と商品の購入で計7000円掛かった。パンクを知らないままの自分たちのその後をシュミレーションしてみたら、その7000円はあまりにも安価なものに見えてくるのである。

ただ、かみさんは「ポテト」がお好きではない様だ。

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2014年09月15日

指定席。(新聞読めないんだけど〜)

「ミーちゃんシリーズ 3」

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最近は他人のブログをあまり見なくなっていたのだが、たまに懐かしい方や新しい方から鉄人のブログにコメントをいただくことがある。

今日は時間もあったので、以前よく訪れていたいろいろなブログにお邪魔してみたのだ。以前と同じ様にまたは以前より活発にブログの更新をされて、「広島ブログ」の上位をキープされているブロガーもいらっしゃったが、中には最近は全く更新されていないブログだとか、以前は上位にいたのに既に広島ブログからは消えているブログなどもあり、時の流れを感じずにはいられない。

でも以前よく訪れていたブログを見つけると、直にお邪魔し近況を知ることが出来た。そのブロガーの個性が変わっていないことに嬉しくなったり、ちょっとお疲れ気味かなと感じたりもした。

そもそも論ではないが、何故自分はブログを書いているのだろうと思うことがある。元々会社のホームページでの営業の一環としてブログを始めたのだ。それまで文章なんか書いたこともない。ホームページの管理人に促され、「この俺が出来るんかな?」と思いつつ渋々ながらスタートしたというのが実際のところである。

だから何年もブログを続けるなんて当初思いもしなかった。辛辣なコメントをいただいたり、炎上騒ぎもあった。
それでも何とか続けている。励ましのコメントをいただくこともあるので、何時の間にか鉄人にとってブログを書くということは生活の一部になっている様だ。

同じ様に他のブロガーの方々もそうであろう。いろいろなブログにお邪魔した今日、改めてそう感じているのである。
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2014年09月14日

布団。

「ミーちゃんシリーズ 2」

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さて今日は三連休の中日である。ボランティアに行くよと知人に連絡したところ、ボランティアが大勢訪れて家が粗方片付いたので来なくてもいいとの返事。他の被災地も県内外から沢山のボランティアが加勢に来ていて体力がない鉄人はどうも出番がなさそうであった。

被災地にはまた他の形で協力が出来ればと思い、疲労も蓄積していたので休むことにした。昨日今日とゆっくりしている。でも生来の貧乏性なのか、一日の何処かで必ず仕事をしているのだ。

今日は読書に勤しんだ。仕事が忙しいと職業柄目が疲れる。読書をする気になれない。まとまった時間を読書に当てるのは久しぶりである。本日読んでいた漫画である。タイトルは「禅問答の知恵」。難解な禅問答を漫画にすることで、分かりやすく説明している。

その本のあまりの誤字脱字の多さにいささか閉口してしまったのだが、その誤りの箇所を、以前この本を読んだ誰かが修正していた。その行為は、この本に対して真摯な態度で臨んでいたことが窺える訳で、誤字脱字が多いのにも関わらず、本の内容自体は中身のあるものだったのである。

古今の名僧たちが禅問答の中で言わんとしていることは、結局「あるがままでいる」ということだと思う。自我という色眼鏡でものごとを捉えないということ。不染汚(ふせんね)の世界観である。捕らえ所のない心(空)を不染汚の心で観察すると「あるがまま」という境地になる。

言うは易しであるが、確かにそれが答えだと思う。猫のミーちゃんは不染汚の心であろう。ただし無自覚である。我々人間は無自覚であってはならない。「不染汚」を自覚しながら生きることが大切だと思うのである。
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2014年09月12日

無警戒。

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ミーちゃん最近益々だらしがない。我々に気を許し始めたのか警戒心が無くなっている。猫は寝るのが仕事だが、その寝方がだらしない。仰向けに腹を出して寝ていることがよくある。これは鉄人たちが以前実家に行ってた時には見せなかった姿である。

鉄人の足に頭を擦り付けたり、足を舐めたりと少々変態気味である。これも以前はなかった行動だ。気ぜわしく毎日ドタバタと生きている人間どもをどう見ているのだろう。何事にも我関せずを貫くミーちゃんが羨ましい。

猫は霊的ステージが高く、人間の次くらいだと聞いたことがある。あの人間を見透かした様な態度は、なるほど納得がいく。

猫を見ていると、我々人間は、悩みや苦労、悲しみを勝手に作り出しているのではないかと思ってしまう。猫はその置かれた環境に合わせて生きている。それ以上でも以下でもない。ミーちゃんの態度の変化も、環境の変化に対応しているだけかもしれない。幸とか不幸とかという意識はなくて。

必要な分だけの餌を食べて、後は大体寝ている。ミーちゃんの仕事は何だろう。母を癒すことが仕事の様だ。それで餌を貰えているのだから。

ではその餌さえ与えていない鉄人は、タダでミーちゃんに癒してもらっているのだ。他の家族も然り。これは感謝せねばならぬな。

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2014年09月11日

誕生日会。

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57歳になってしまった。今夜は一日遅れの鉄人の誕生日会を、近所の小料理屋でやった。この店は去年も鉄人の誕生日会をしている。

去年と違うのは家族が一人増えた。鉄人の母親である。家族5人で鉄人の誕生日を祝ったのだ。この店の店主、実は今年交通事故を起こし死にかけている。何とか元気になり店を再会して久しぶりに会ったことになる。鉄人も以前脳出血で死にかけたので、「悪運同盟」と名付けることにした。

我が家の誕生日会は、誕生日を迎える本人以外が割り勘で支払うというやり方をしている。沢山飲んだり喰ったもんが儲けなのだ。今年誰が一番得したかというと、何とお袋だった。

魚料理に目がないお袋は、誰よりも沢山食べ、孫の分まで食べようとしていたのでかみさんに注意されるという一幕もあった。こりゃ当分お迎えは来ないな。

年に一度の顔晒しである。隣でふざけている馬鹿な若者ふたりは決して鉄人の息子たちではない。昨日のハードワークの疲れが取れず、食事会の後も仕事があるのだが、ともあれ有り難い夜であった。
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2014年09月09日

千載一遇。

「中秋の名月」

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飛行機が月に飛び込んだ!!まさにそんなシーンだった。今夜は中秋の名月である。その夜にふさわしい見事な月が、鉄人のスタジオから見えていた。

何時もの見慣れた風景なのであまり写欲が湧かなかったのだが、折角の名月なので一応撮っとくか程度の軽い気持ちでカメラを月に向かって構えた。

意外と思われるかもしれないが、手持ちである。月は意外に明るいのでシャッタースピードが稼げる。それと夜だからと下手に三脚を使ってスローシャッターを切ると、月が動いて歪んで写るのだ。

満月はそのまん丸い形が命。増感してしてシャッタースピードを速くする。そうすれば手持ちの望遠でもブレることなく写真が撮れるのである。それと月の露出がオーバーにならない様に気をつけたい。

気楽な気持ちでカメラを構えた先に飛行機が飛んで来た。夜なのでその形は見えず、翼に先に付いているライトの赤い点滅が飛行機の存在を教えている。

そしてしばらくしているとその点滅が月に向かっているではないか。鉄人思わず独り言を言う。「そのまま月に飛び込め!!」

次の瞬間、その赤い点滅は飛行機のシルエットになり月に飛び込んだのである。

千載一遇である。中秋の名月に浮かぶ飛行機のシルエット。計算すれば撮れるかもしれないが、たまたま撮れたにしては出来過ぎである。

カメラを手にしているとたまにこんなことがある。
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2014年09月08日

後遺症。

「宮島原始林」

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足が筋肉痛なのである。特に太ももの前部分の筋肉がすこぶる痛い。歩く度に痛みが出るので、どういう風に歩けば痛くないかを思案し、ペンギンの様に歩幅を狭くしてみた。多少楽になるのだが、その姿はペンギンそのもの。カッコ悪いのである。

この足の痛みは、昨日の宮島の撮影の影響である。去年の12月17日のブログに書いているのだが、その日も宮島の弥山で撮影をしている。「水分不足」による足の硬直でクライアントに多大な迷惑を掛けてしまった苦い経験を繰り返さない様に、今回はそれなりに準備はしていた。

暑いので水分補給はしっかりと。前回は不必要なくらい撮影機材を持っていって重すぎたので、カメラ1台、レンズ2本のみ。かみさんも山登り気分で付いて来てくれた。

でも結局、再び足が硬直したのである。それも同じ場所で。原因は水分不足や過労だけではなかったのだ。それは極度の緊張から来たものだと気がついたのである。

その撮影場所は、落ちたら終わりになるかもしれない危険な場所だったのである。大きな岩がむき出しになっていて、大変に滑りやすい。一度滑れば掴まるものがないので、20〜30mほど滑落してしまうのだ。

ただでさえ危ないのに、それまでの山中の移動で足が疲れている。おまけにカメラを持っている。ついでに日頃の運動不足、さらに会社員なら定年近いおっさんである。危険度は益々上がる。

なので極度の緊張にさらされたのである。でも仕事だから受けた以上やらなければならない。撮影は何とか済んだがその代償として足が再び硬直してしまったのだ。前回と違うのは、それまでの過程が前と比べ比較的楽だったので、しばらく休んでいたらどうにか動けた。

帰り道は足の痛みはピークだったが、緊張からの硬直とは違うので歩くことは歩けた。その道中はかみさんからの
励ましがあるはずもなく、とっとと先を行くかみさんに追いつく体力も気力もなく、ただただ帰巣本能だけで生還したのである。

今日は後遺症に泣いている。プロとしては口笛でも吹きながら、あっさりと難しい仕事でもこなしたいという美学が鉄人の中にはある。忸怩たる思いなのである。



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2014年09月06日

偶然。

「微笑み」

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今日ある方の選挙ポスター用の写真を撮っていた。彼はこの度の土砂災害でボランティアの陣頭指揮を執られていたそうである。

驚いたことにそのボランティアをされていた場所が、鉄人夫婦が活動をしていた場所とまんま同じだったのである
。寸分違わない場所で活動をされていた。

その場所には鉄人の知人のカメラマンが住んでいたので、その場所でボランティアをすることに決めたのは以前ブログに書いたのだが、その知人の家が今回選挙ポスターを撮影した政治家のボランティア活動の拠点だったのである。

これには流石に驚いた。その政治家は自宅が近い訳ではない。たまたま被災した場所に知り合いがいたから駆けつけた様である。

鉄人も被災地からは遠いところに住んでいる。たまたま被災した場所に知人がいたからその場所を選んだに過ぎない。ところがふたりのその知人というのが親子の違いはあれど同じ家族だったのだ。

不思議なことである。もうひとつ不思議なことがある。鉄人がボランティア活動をしていた時、その政治家と一度も会わなかったのである。

彼は災害があった翌日から10日間、一日も休まず現地に駆けつけていたそうである。鉄人もその期間に二度足を運んでいる。同じ場所で活動をしている訳だから会うはずなのに出会わなかった。

同じところで活動した者でしか分からない会話をしていて、ふたりは会っていない。これも違う意味で偶然である
。ただその政治家に鉄人が今までより親近感が湧いたことだけは確かである。

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2014年09月05日

自殺について。

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今日の中国新聞に、「世界の自殺者」の数の記事が載っていた。その数、推定80万4000人、静岡県の浜松市の人口と同じ数の自殺者が毎年出ていることになる。

よくテレビのニュースなどではテロの恐怖を伝えているが、テロの犠牲者とは比較にならないほどの数の人々が自ら命を絶っているのである。

日本の自殺率は、世界の中でもトップクラスである。世界有数の経済大国で、その豊かさを享受しているはずなのに、自殺者は後を絶たない。

自殺の原因は、精神疾患や金銭問題、病苦が多い様だが、戦争や災害を経験した人の自殺率も高いらしい。

仏教では自殺を禁じている。理由は割愛するが、今日は「人は何故、自殺するのか」を、仏教の観点から考えてみたい。

鬱病を始めとする精神疾患を例にとってみると、精神疾患になる原因として、自分の考えている理想と現実とのギャップがある。言い換えれば自分の価値観が通じないから、精神的に苦しみ延いては病むのである。

そもそも己の価値とは何だろうか。どんなに努力しても頑張っても最後にあるのは「死」である。いずれ消えてなくなるものに価値などあるのか。己に限らずすべては変化消滅していく「無常」のものなのに。

「無価値である」。そして「存在とは苦しみ」であり「空しい」ものだ。と仏陀は説かれたのである。

自分には特別な価値があり、人生とは楽しく喜びが溢れるものだ。と、我々は考えている。しかし現実は苦しみが多く、やがて老い最後は確実に死ぬのである。ここにギャップが生まれるのだ。

「自分だけ不幸でこんなに苦しんでいる」と言う人がいる。苦しんでいない人がいるのだろうか。彼の松下幸之助が晩年吐露した言葉がある。「若さが欲しい、他には何もいらない」。あれだけ成功を収め、地位も名誉も富も手に入れた彼が、「何もいらない若さが欲しい」と嘆いたのである。

で、彼はそれを手に入れたのであろうか。その言葉から間もなくして彼はこの世を去った。

「人生は短い」そして自殺などしなくても「必ず死ぬ」のである。ならばその短い時間の間をどう穏やかに生きていくか。すべてが無価値だと思えれば気持ちが楽にならないだろうか。

「自分なんか大したことない」と思えれば苦しみの原因になっている執着も減っていくのではないだろうか。

すべては現象に過ぎない。そして現象は一時も止まることなく変化していく。きれいなシャボン玉もすぐはじけるのだ。

死にたくなる者は、この真理に気づかず、何も無くならない。変化するはずがない。壊れるはずがない。死ぬはずがない。と思って生きているのである。でも現実はすべては変化し消えて無くなるのだ。己への価値が高い者ほどその乖離に苦しむ。そしてその苦しみから逃れる為に自殺しようとするのだ。

だから仏陀の教えを学び理解し体得するということは、こころの平安を手に入れる為にはこれ以上のものはないと鉄人は信じている。そして無数の自殺予備軍に、仏教を学んで頂きたいと切に願うのである。

参考 根本仏教講義 アルボムッレ・スマナサーラバンテー



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2014年09月04日

エンゲルベルト・フンパーディンク。

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昨日の美空ひばりに味をしめた鉄人は、昔好きだった歌手をYouTubeで探してみることにした。さて本日の歌手は、エンゲルベルト・フンパーディンク。若い人はほとんど知らないと思う。

鉄人が中学の頃の英国を代表するポピュラー歌手である。柔らかみのある美声と圧倒的な声量、まさに圧倒されたのである。エキゾチックな美男で、当時女性ファンにモテモテであった。

彼の曲でその頃鉄人が知っていたのは、「太陽が燃えている」の一曲のみ。シングルレコードしか買うお金がなかったので、この曲を繰り返し繰り返し延々と聴いていたことを覚えている。歌詞カードを見たわけではないのに、英語の歌詞を諳んじていたほどだ。意味など分からず。

鉄人は小細工無しの朗々と歌うストレートな歌い方が好きである。エンゲルベルト・フンパーディンクはその代表と言えよう。外連味の無いその歌い方は、昨今の日本人の歌手にはなかなか見当たらない。

日本人歌手では尾崎紀世彦が好きなのだがよく似ている。フンパーディンクは今年で77歳になる様だが、驚いたことにまだ現役である。あの圧倒的な声量は流石にいささか落ちたが、その分歌の表現に深みが出て来ている。良い歳の取り方をしている様で、YouTubeで彼の近況を知り、元ファンとしては嬉しい限りである。

「太陽は燃えている」以外に、「リリース・ミー」「慕情」も良かった。ひとりカラオケに行ってみたくなったのである。

Every winter,every summer,every fall~♪


https://www.youtube.com/watch?v=ngv7U1H3XgA
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美空ひばり。

「曼珠沙華」

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仕事で疲れた心には音楽がいい。今夜はYouTubeで隠れた名曲を探していた。あまりヒットはしなかったかもしれないが、名曲はそれこそ星の数ほどあるだろう。そんな名曲を探し当てるのは、鉄人にとって楽しいひと時なのである。

今日聴いていた曲は、

黄昏のビギン ちあきなおみ

暗い港のブルース キングトーンズ

ひまわり 前川清

日差しの中で 布施明

など。そんな中で、美空ひばりのJAZZを見つけた。最近TVのCMで彼女が歌っているJAZZの曲が流れているが、本格的にJAZZを歌っていたとは知らなかった。

演歌ではなくJAZZでも、美空ひばりはやはり桁違いの歌手である。聴き惚れてしまって違う歌手の名曲を探すのを止めてしまったほどだ。

女性のJAZZ歌手では、昔からサラ・ボーンが好きだったが、歌の深みは全く負けていない。「魅せる」という点では女優でもある美空ひばりが凌駕している。何を歌わせても超一流なのだ。まさに古今東西、唯一無二の存在だと改めて感じ入った次第である。

お気に入りは、「スターダスト」「プリテンド」辺りか。ジーニアスひばりを久しぶりに堪能した。


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2014年09月03日

緑丘団地。

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「八木蛇落地悪谷」が気になり、ちょっとネットで調べてみた。そこに出て来たのが三枚の写真である。一枚は水害の前と後。もう一枚は水害以前の写真に濁流が通った後を黄色で示したもの。最後は山側から撮ったものである


気がつくのは、濁流が団地をほぼ完全に避けていることである。特に黄色で水の流れを示している一枚は、その様子が明確に見て取れる。果たして偶然だろうか。

水の流れと同じ幅だけ建物を空けて建てている様に見える。またふたつの流れの間にピタリと納まっている様にも見える。鉄人には偶然の様には見えないのだが・・・。

まさか・・・。地名のことといい何か「曰く」がありそうな場所である。
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2014年09月01日

難しい時代。

「午後の語らい」

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「女性にカメラやスマホを向けただけ、シャッターを切らなくても警察に捕まります。」これが今の世相である。

正直カメラマンの仕事が成り立たなくなりそうである。例えば、鉄人お祭りの撮影の仕事を受けることがある。お祭りだから踊り子や見物人でごったがえする。祭りの熱気を捕らえるには、それこそ機関銃の様にカメラを連写する様になる。

そこには多分女性もいるだろう。その女性にカメラを向けている意志がなくても、その女性に訴えられれば鉄人は逮捕される可能性があるのだ。

許可を貰って撮影をする場合も当然あるのだが、そんなときは相手が既にカメラを意識しているので大体面白い写真にはならない。素の表情はカメラを意識していない場合の方が出て来るものだからだ。

残念ながら普通の撮影か盗撮かの線引きは難しい。カメラマンはシャッターチャンスが命なので、その様なチャンスが巡ってくれば、躊躇なくシャッターを押す。それがカメラマンの「性」(さが)である。

そこに盗撮という意識がなくても、相手が不愉快な思いをすれば、結果的に「盗撮」という犯罪が成立することになる。

今日の写真である。カンボジアのアンコールワットで撮影したものだ。若いお母さん同士が楽しそうに談笑している。「いいな」と感じた瞬間もうシャッターを押していた。その間1〜2秒である。そして今、その切り取られた「一瞬」が作品として目の前にあるのだ。

こんなとき、お母さんが鉄人に気がついて、もし訴えたとしたらどうなる。日本なら鉄人、逮捕されるのである。写真を撮られ、不快な思いをさせられたことがある女性も沢山いると思う。訴えたい気持ちも勿論分かる。難しい時代になったものである。

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