2014年04月21日

人間の本質。

「若葉の頃」

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韓国のセウォル号の沈没事故は、いまだ進行形である。多くの人命が失われ本当に痛ましい。安否を気遣う家族の様子に、日本人とはその感情の表し方が多少違うなと感じたが、悲しいという気持ちには日本人も韓国人もまったく違いはない。

否、万国共通である。かみさんはよく韓流ドラマを観ているが、それを観ているということはドラマの登場人物の感情の流れを理解できるからである。

人間というものは文化や風習などの違いはあれど、本質は何も変わらないのだなあと思う。仏教は唯一の世界宗教だと言われている。本当は仏教は宗教のカテゴリーには入らないと鉄人としては思っているのだが、その教えは国籍や人種を超えすべての人間に対する教えになるのである。

何故なら仏教は、人間の本質に対して訴えかけるものなので、そこに国籍や人種は存在しないのである。生きとし生けるものは一様に苦しみの中にいる。生きる苦しみ。老いる苦しみ。病む苦しみ。死ぬ苦しみ。どんな生き物でもそれは何も変わらない。

現在不仲だといわれている韓国人だろうと日本人だろうと中国人だろうと、老いて病んで百年前後で死んで行くその本質は何も変わらないのだ。白人黒人黄色人種という括りでもそれはまったく同じである。

だからテレビに映る韓国人の家族の悲しみに我々日本人も共感するのである。これは仏教に於いてもとても大切なことで、このことを理解することにより慈悲の心が生まれるからだ。

敵対する国どうしでも、家族の単位で考えれば夫婦の愛情も家族の愛情も同じ様にあるのである。ただその愛する気持ちの範囲が狭いのだ。そこで誰でも本質は同じだなあと理解すれば、もっと広い視野で世の中を眺められるのではないだろうか。

セウォル号の事故は、テレビを通して我々に様々な人間という生き物の側面を映し出す。善くも悪くも教えられることが多いのである。


posted by masa at 23:02| Comment(0) | 日記