2014年03月30日

桜の公園。

「平和の灯火」

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昨日は市内中心地で観光バスの撮影をしていた。バスは撮影場所に2時間に一度しかこない。それも一瞬で通り過ぎる。後は次の通過時間まですることがないのである。

さてどうやって時間を潰すか。バスの撮影場所は平和公園に近かった。桜も咲いているだろうし行ってみることにした。今にも降り出しそうな空模様だったが花見客も結構いた。桜も既に満開に近い。誘われる様に記念碑まで歩いた。

個人的なことを言えば平和公園での花見はいかがなものかと思う。静かに手を合わせる鎮魂の場所だと思うからだ。ただ平和を享受している有り難さはある訳で鉄人の思いは無粋なものなのかもしれないが。

空は益々暗くなってきた。平和公園を早々に引き上げる。バスの撮影も最後の運行になる。到頭雨が降り出した。こんなときに限って、被写体が時間通りに来ない。雨が強くなりだした。やっと目的のバスが交差点を曲がってこちらに向かって来た。

実はこのバス、二階建ての屋根がついていないバスだった。雨が降っているのに屋根がないバス。乗客はどうなるのだ?やがてバスが鉄人の目の前まで来た。

何と!!乗客達は雨合羽を着ていたのである!!「う〜む。やるなあ〜。」

まあこのカットは使えないけどね。



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2014年03月28日

定年。

「宵桜」

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鉄人は今年で57歳になるのだが、この年齢は亡父が定年した歳でもある。サラリーマンだった父は、定年後は立体駐車場の管理人みたいな仕事に就いて、のんびり暮らしていた様な記憶がある。

翻って鉄人である。定年どころかこれから人生の正念場を迎える様だ。人生設計では今頃一財産築いて世界一周の旅にでも出ていたはずなのだが、何処で間違えたのか日帰り旅行さえ侭ならない日々を送っている。

仕事は結構忙しいのに儲からない。最近石川啄木の気持ちがよく分かる。じっと手を観る。実は鉄人の手相は抜群に良いのだ。頭脳線は長いは、神秘十字線はあるは、運命線は太く掌を突き抜けている。

なのにだ。何処で間違えたのか、抜群の手相はただの掌のシワに過ぎなかったみたいだ。じっと手を観る。当たらんなあ〜。

テレビも定年(?)を迎える番組が結構多い。その番組は役目を終えたことになる。何事にも区切りというものがあるものだ。鉄人の会社も最近ドラスティクに変化してきている。会社としての区切りをつけたいと考えているのである。

新規の仕事や今持っている仕事を息子にやることにした。全部ではないが売り上げも息子のものになる。しかし我が社は儲かっていない。どうする?新しい事業を立ち上げるのである。息子にやって減った分をそれで取り戻そうという企てである。

この歳になってもう一度勝負する。なかなか面白いではないか。鉄人の場合、何処か背水の陣みたいな部分がないと気合いが入らない。今の自分の年齢や経験を生かせる仕事が必ずやあると確信しているのである。

撮影の仕事から離れる訳ではないが、この歳になったことで始められる仕事もあると思っているのだ。親父がのんびり余生を送っていた年齢で、鉄人は命を燃やしてみる。体はいささかシンドイが、どうせいずれ死ぬのである。後悔しない人生を送りたいものである。
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2014年03月20日

掃除。

「一人桜」

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かみさんのお母さんの訪問の為に居間を掃除して以来、それが鉄人の日課になってしまった。暖かくなってきたのが幸いで体がよく動く。朝起きるや否や即掃除機で居間や和室、キッチンにトイレ、サニタリーを大掃除するのである。

毎日の様に大掃除をやり始めたきっかけがもうひとつある。それは掃除機の購入である。サイクロン式の片手で使えるものなのだが、これが良いのだ。音はうるさいが軽いし良く吸引する。またゴミが掃除機の中に見る見るうちに溜まって来るのが見えるのも快感である。

この掃除機べらぼうに安い。元々事務所用に買ったのだが三千円しなかった。安いので期待もしていなかった分、思わぬ高性能に嬉しくなり、どんどん使いたくなったのである。

朝の掃除は軽い運動にもうってつけである。布団を畳んだり、邪魔なものを片付けたりと結構体を使う。我家を30分、会社を30分、しめて1時間の運動になるのだ。その後の朝飯も美味い。

家が綺麗だとその日一日が良い日になりそうな気がする。現実はそうとばっかりは言えないのだが、掃除を毎日することで嫌なこともリセットしまた新たな気持ちで一日を迎えることができる。

仏教では、「掃除」を最も大切な修行のひとつとして捉えている。清潔という物質的な意味合いも勿論ある。リフレッシュ出来るというのもそうであろう、でも最も重要なのは、当たり前のことを当たり前にやるというところにあると鉄人は思う。

生活をしていると毎日必ず汚れる。そしてそれを毎日掃除をする。そこには本来感情は介入しないはずである。当たり前のことだから。息を吸えば吐く、空腹になれば食事をする。同じことである。それらはすべて苦から逃れる為の行為である。

考えてみれば人生は死ぬまでそれの繰り返しだ。苦から逃れる為に生きている。人生は本来ただそれだけのものなのかもしれない。

鉄人の掃除を通しての人生観はまだまだ気まぐれなものである。寒いと手を抜くし暑くても同じ。何も感じずただ淡々と毎日毎日掃除をするには、やはり更なる修行が鉄人には必要な様だ。
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2014年03月14日

地震。

「畑の貴婦人」

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突然の大揺れであった。昨夜の午前2時頃家全体が激しく揺れ出したのだ。「地震だ!!」ベッドから飛び起きた鉄人が真っ先にやったことは、二階に寝ているかみさんに「動かずにじっとしてろ!!」という三階からの注意だった。

その時の鉄人は極めて冷静で恐さもなかったのだ。さすがに仏教を日頃学んでいるだけある。というのは真実ではなく、実はただ寝ぼけていて現状があまり把握出来ていなかったのだ。

ただそこから本格的に目が覚めた。「これは南海トラフかもしれない」そう思った鉄人は、直ぐにかみさんにテレビをつけさせた。震源地は伊予灘沖で南海トラフ地震ではなかった。

広島は震度4、死者はいなかった。とりあえず一安心はしたのだが、やはり地震は何時何処で起こるかも分からない、地震の怖さを改めて思い知らされたのである。

我家の被害は食器棚の皿とグラスが一枚づつ割れていた。どちらかというと食器の積み方に問題があった様だ。

考えてみれば愛媛の佐多岬半島には伊方発電所という原発がある。今回の震源地の目と鼻の先である。さらに中電は近接する山口県の上関に原発を何としてでも造ろうと長年画策している。

今回の地震は震度5弱が最大であったが、それ以上の地震が来ないという保証は何処にもないのだ。南海トラフ地震は、今後30年以内に70%の確率で起こると言われている。

一度それが起きれば、最悪のケースでは、その被害の大きさは東日本大震災の比ではない。最近各地にある原発の再稼働が本格化してきているが、ほぼ確実に起きると言われている大地震を前にしてのこの動き、全く狂気の沙汰としか思えない。

原発の電気は安いと言われるが、福島の原発事故の後始末に今後何れだけの予算が掛かるか見当もつかないのだ。安いどころか大損。更に命さえも取られかねないのである。どう考えても間尺に合わない話しではないか。

日本は地震列島である。剣先で生活している様なもので何時何が起きても不思議ではない。そんな国でそのリスクを増長させる様なことを平気で行う愚かさ。仏教の根本的教義は、「因果応報」である。今起きている結果には、そうなる原因が確実にあるのである。そして今起きていることは、それが原因になって未来に必ずその結果をもたらすのだ。

その結果をもたらさない為には、原因を作らないことしか方法はない。そう考えれば現状を把握すれば既に結果が見えていることになるのである。

最後に、朝、母親に安否の電話を掛けてみた。

母  「え〜っ?昨日は教会に行ってたけど〜ぉ」

鉄人 「?」「地震だよ、大丈夫だった?」

母  「地震?何時ぅ?」

鉄人 「夜だよ、2時頃」

母  「え〜そうなのぉ?」

暴睡していたのである。あれだけの地震に母は全く気づいていなかった。やはり母には勝てないと、かみさんとまじまじと顔を見合わせた。

推敲して一句。

小窓開け 梅が香寄すや 朝支度 こまどあけ うめがかよすや あさじたく

                                 鉄人


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2014年03月08日

お・も・て・な・し。

「父と子と客と」

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今日は、かみさんのお母さんが我家に来られる。さて、お・も・て・な・し。は何が良いだろう。そこで鉄人が突然、猛然と始めたのが大掃除であった。

かみさんのお母さんは無類のキレイ好き。まずは家を掃除することが第一の「おもてなし」だと考えた。鉄人、掃除は決して嫌いではないので、スタジオや事務所は常に結構キレイにしている。

だがプライベートの居間やキッチンなどは、不潔ではないものの掃除が常に行き届いているという状態ではなかったのだ。そこで一念発起、お母さんが来られる前に大掃除をしょうと思い立ったのである。

鉄人はA型、やると決めたら徹底的にやる。カーペットをひっぺがし、古くなったローソファは処分してしまった。更に、ぬいぐるみなどを飾り付けていた飾り棚も撤去した。

いらないものを片付けると、狭い我家の居間でも結構広く見える。今まで不必要なものでどれだけ狭苦しい思いをしていたのかを思い知らされた。本当に必要なものは僅かなのだ。

徹底的に掃除をすると、やはり気分が良い。昼過ぎにお母さんが親戚の人と一緒に到着、意外に片付いている我家に満足そうだった。次のおもてなしは、母と一人娘、水入らずのショッピングである。我家の周りにはスーパーが多いので、女同士でいろいろと買い物を楽しんだ様である。

最後のおもてなしは夕食である。本日のメニューは、手巻き寿司。家族が思い思いに好きなものを食べるには、手巻き寿司は最適である。鉄人が食べるシャリが足りなくなったのは誤算だったが、これにもお母さんは喜んでくれた様である。結局、掃除以外のおもてなしはかみさん一人でやったことになる。

明日の朝にはもう帰られる。短い時間だがかみさんも楽しそうで、良い時間を過ごしている。
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2014年03月07日

今週。

「集中力」

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今週はやるべきこと、やるはめになったこと、突然降って湧いたこと、などが重なり忙しかった。

やるべきことの筆頭は出張撮影である。商品撮影だったのだが、お店の一室を三日間借り切り結構な数撮影をした。これが堪えたのだ。時間としては10時から夕方5時まで。サラリーマンの感覚なら定時である。しかし集中力を維持しての6時間(お昼があるので)は物凄く堪えるのだ。

集中力を維持出来る時間は、3時間が限度と言われている。映画やコンサートなども3時間を超えるものは少ないし、車の運転も3時間も続けて運転をしたら休憩をとることになる。

特に撮影は集中力を必要とするので、それを6時間もやると精神的に完全に飽和状態に陥る。それを3日続けた。こころも体力もエンプティ、ブログどころではなかったのである。

そんな時に限って、やるはめになる様なことが出てくる。その筆頭が、新規事業の企画作りである。ある経営コンサルタントに手伝ってもらって、新しい事業をやることになったのだが、その打ち合わせが今週あった。言い出しっぺは鉄人なので、約束をした手前、忙しくなったからといって断ることはできない。企画書がないと先に進めないと言われて、早急に企画書作りをやるはめになったのだ。

更に、突然降って湧いたものもある。以前より各方面に仕事の種まきをいろいろと地道にしてきていたのだが、今週その種まきしたところから突然芽が出てきたのだ。それも複数箇所。最初が肝心なので、気に入ってもらえるにはどの様にお付き合いすれば良いのか、今こころを砕いている最中である。

鉄人は聖徳太子や弘法大師ではないので、平行して様々なことがなかなか上手くできない。できない人間がやる訳だから、無駄が多く必要以上に忙しくなるのである。

明日は、かみさんのお母さんが我家に泊まりにこられる。どうしたら楽しんでもらえるか。これはやりたいことになるな。


一句。

小窓開け 隣の梅の香 誘いけり こまどあけ となりのうめのか さそいけり

                                  鉄人

posted by masa at 22:09| Comment(0) | 日記