2014年02月01日

誕生日。

「若き日の親父」

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「今日は何の日か知ってる?」と、かみさん。「えっと〜?」しばらくして思い出した。今日は亡父の誕生日だったのだ。生きていれば84歳になる。まだ生きていても全然おかしくない年齢である。

鉄人は、若い頃の親父の事をあまり知らない。親父も自分の口からは話す事はなかったし、鉄人も特に訊くことはなかった。それは親父の生い立ちにある。

母親から聞いたのだが、親父は寺の次男として生まれた。お手伝いさんもいたというからそれなりに裕福だった様だ。ところが親父の父親、鉄人にとっては祖父が35歳で早逝してしまった。

そこから親父の人生の歯車が狂った様だ。彼は里子に出されたのである。それからの人生を親父の口から直接聞いたことはない。人には言えない様な辛酸を舐めた様である。

それでも苦学して、商業高校の夜間から関大に進学したのだが、学費の都合がつかず途中で断念。その後縁あり農林省に身を置いていたらしい。鉄人が生まれた頃は警察官をしていた様だが、ものごころがついた頃は会社員をしていた。

戦争もあった訳で、彼の青春はどういうものだったろうかと、亡くなった今では訊くことも叶わぬが、苦労して鉄人を育ててくれた事に関しては、素直に感謝したい。

写真でも分かる様に、親父はハンサムであった。今で言えばイケメンである。鉄人は親父の太ってからのイメージしか知らないが、写真の様に若くてスマートなイケメンだった頃の親父に、母親がクラっていったのだろうことは想像に難くない。

家一軒分くらいは酒を飲んだと母親が言っていた親父だったが、女性問題を起こしたとか道に外れた行為をしたとかという話しは聞いた事がない。大酒飲み以外は基本真面目な男だった様だ。

生前はお互い語り合うことが少なかった訳だが、男親とはそんなものだろう。鉄人が息子達と、鉄人の若い頃の事を話す事は少ないものだ。青くて半人前の頃の話しなど恥ずかしくてできるものではない。

今夜は、親父が一番好きだった日本酒を飲んだ。かみさんも息子達も付き合ってくれた。親父がいたから鉄人がいてかみさんがいて息子達がいるのだ。有り難いことだと思うのである。

明日は親父の墓参りに行く予定である。一日遅れにはなったが酒でも持って行くかあ〜。



posted by masa at 23:20| Comment(0) | 日記

STAP細胞。

「市場7」

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何が凄い細胞が開発されたらしい。細胞を初期化し様々な細胞へと変異させ、身体の一部となることが可能になるそうである。今話題沸騰のSTAP細胞が、まさに万能細胞だと言われる所以である。

再生医療の切り札とも言える様な大発見というか発明だそうで、ノーベル賞も狙えるみたいであるが、鉄人的にはこの万能細胞が、一人歩きしていかないか不安ではある。ものごとには必ず光りと影があるからだ。

この万能細胞の使い方によっては、人間の寿命が大幅に伸びるだろうというSF的な意見もある。先のことは分からないので、今現在考えられない様なことでも、あり得ることかもしれない。

以前、人間の寿命というのは、脳細胞の寿命だと聞いたことがある。その耐用年数が120年なのだそうだ。鉄人が知っている限りでは、現在人類で120歳を超えている人間はいない。世界一の長寿が百十何歳だから、この説は当たっている様だ。

ちなみに仏陀十大弟子のひとり、シャーリープトラ尊者は120歳まで生きられたそうである。またヴァックラ尊者に至っては、何と160歳まで生きられたそうで、「長寿第一」とまで称されている。

その真意はともかく、現在は120歳というのが我々の寿命のマックスではあるようだ。考えるに脳細胞を初期化してしまえば、自分が自分でなくなることになる。「無我」を絶対的真理と位置づける仏教に於いて、自我の構築は、生まれてからの環境や教育、または経験から徐々に芽生えてくるものだからである。

脳細胞が初期化された後、周りの環境は以前とは全く異なる。インプットされるものも違うのである。従って自分が自分ではなくなると思うのだ。万能細胞により身体が生きていても、脳細胞を初期化すれば結局はその人は死んだ事になるのかもしれない。結局、脳細胞が替えられないのなら、マックスの寿命も変えられないのではないかと思う。

今後の再生医療に多大の光明をもたらすと思われるSTAP細胞だが、こころの汚れを清浄にし純化させていく、仏教のこころの再生医療とはまた別物である。仏陀の真の教えは生死をも超えて、こころに絶対的な平安をもたらす完全無欠な医療だと鉄人的には思うのである。

たとえマックスの120歳まで生き延びたとしても、いずれ寿命は尽きる。どんな時代になったとしても、真理を説く仏陀の教えは普遍であるし、より善き人生を送る為には不可欠なものだと思うのだ。

努力家で女子力旺盛の研究者の発明は、今後身体の病気で苦しむ多くの人々の福音になるだろう。同時に仏陀の教えは、こころの病気で苦しむさらに多くの人々の福音に、必ずやなると鉄人は思うのである。

posted by masa at 00:09| Comment(0) | 日記