2013年12月31日

大(雑把)掃除。



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今日は大掃除の日。一日掛けてやる予定だったが夜中に背中が急に痛くなった。昨日、画像修整に根を詰め過ぎたのか、休みモードに入っていた身体が付いていかなかったみたいだ。

無理矢理鍼灸院に予約を入れ、痛あ〜ぃ鍼をブスブス打ってもらった。勿論そんなことくらいで、かみさんは大掃除を休ませてはくれない。昼からスタート、やるのは窓拭きである。鉄人の家は窓の面積が大きい。明るくて良いのだが、冬場は異常に寒い。また大掃除には甚だ不利である。

最初の一枚目で早速躓く。窓枠から外した窓が入らないのだ。重い窓をヒーヒー言いながらはめ込もうとするのだが入らない。外せたのだから絶対に入るはずである。

どうやっても入らないので他の窓を見てみた。「あらまっ、逆さまでした。」

そんな調子で始めた窓拭きだが直ぐに飽きる。でもやらない訳には絶対にいかないので、渋る息子達にも手伝わせ何とか終了、大掃除ならぬ「大雑把掃除」、になったとさ。

今年一年を象徴する様な何とも締まらない大晦日になってしまった。こんなダメ親父の鉄人のブログにお付き合いいただいた皆様、一年間本当にお世話になりました。

来年も暇な時は遊びに来てください。皆様にとりまして、来年が良い年であります様に、こころよりお祈り申し上げます。


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2013年12月28日

師走。

「雪の焰2」

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年末になってから何故か急に忙しくなった。身体がお休みモードに入りつつあったので、もう一度エンジン全開にするのは意外に難しい。昨日も普段なら2時間あまりで済む撮影がなかなか終わらない。夕方から始めて夜中の一時過ぎまで掛かってしまった。

仕事は別のがまだ幾らか残っている。クライアントはお休みだから年始に回しても別に問題はないのだが、仕事を残したままで年を終わらせるというのも何だかスッキリしない。が、やんぬるかな身体はお休みモードに・・・。煮え切らないうちに今年が終わりそうである。

思い起こせば今年も個人的にはなかなか激動の一年であった。逆に言えば平凡な一年というのはないのかもしれない。精神的に参ったり、体調を著しく崩したりもしたし、仕事も得意先が無くなったと思えば、新しいクライアントが増えたりもした。やはり無常なのである。

年末ではあるのだが、時は絶え間なく続くのである。年が移るのも人間の慣習でしかない。年末年始を意識するのもその慣習の中で育って来たからだ。師走の慌ただしさの中で鉄人のこころが落ち着きを失うのなら、まだまだ修行が足りないのである。


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2013年12月22日

割れたカップ。

「マイカップ」

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写真の珈琲カップは、鉄人のお気に入りである。萩に撮影に行ったときいただいたものだが、大きさ、形、色、デザインすべてに満足、取っ手の握り具合も抜群で、家で珈琲を飲むときには常に愛用している。これ以外で珈琲を飲むとどうも飲んだ気になれない。そんな大のお気に入りのカップだが、仏陀は次の様に説かれている。

「その珈琲カップはすでに割れている。と見る様に」、と・・・。

カップには「割れる」という性質があるのである。今割れなくても何時かは割れるだろうし、自分が割らなくても誰かが割るかもしれない。地震などで割れることも考えられる。

確かなことは、幾ら大切にしている愛用の珈琲カップでも、時が経てばそれは必ず割れるのである。このことを理解する様にと仏陀は説かれたのである。

これは決して悲観的な見方ではなく、現実を観察すると出てくる真実の答えである。要するにすべては「常ならず」、「無常」であるということだ。

このことを観察することで、たとえ目の前で愛用の珈琲カップをうっかりかみさんが落として割ったとしても、それはそのカップの性質から起きた現象であり当たり前のことであると理解ができる。

当たり前のことが起きただけなら、こころは常に静かで落ち着いているはずである。この理解は自分の人生の中で起こる様々な出来事に対してもひとつの安全弁として作用することになるだろう。

「お気に入りの珈琲カップだから絶対に割れて欲しくない」という執着が「苦」を生むのである。いずれは割れるのだから、割れても仕方がないと思えるなら、こころが楽であることは確かな様だ。

「無常」への「理解」と「観察」は、常にこころを安らかにする為の不可欠な実践だと思うのである。
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2013年12月17日

鉄人、固まる。

「怪光」

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昨日は久々の宮島での撮影であった。厳島神社の近辺ではなく、弥山、山の方の仕事である。ロープウェイはあるが、大半は山道を歩かなければならない。

寒かったが(麓より約5度低い)快晴で風もなく、山歩きには最適の条件であった。同行されたのはクライアントの若い担当者おふたりで、おひとりは徹夜だそうであったが、息子ほどの年齢で流石に元気である。

おまけに鉄人はカメラ機材が詰まった重いリュックを担いでいた。担当者の方に「持ちましょうか?」と何度も言っていただいたが、そういう訳にもいかない、後塵を拝しながらトボトボと付いていった。

幾つかの撮影場所を撮り終え最後のカットを撮ることになった。最適の撮影ポイントに行く為に、道のない山の中に入ってすぐの時である。突然鉄人の足が全く動かなくなったのだ!

確かにそこに行くまでに結構歩いていたので疲れてはいたのだが、突然足が全く動かなくなるという経験は初めてである。

突っ立ったまま一歩も進めない。どころか足を曲げることも、その場に座ることさえ侭ならない。完全に足が硬直してしまったのだ。

これは困った。たった数メートルの距離にある登山道にさえ戻れない。撮影どころではないのである。直ぐに近くにいた担当者の方が助けにこられた。彼は長くバスケ部におられたそうで、今回の様な場面に遭遇されていた様である。即席のマッサージしていただいたりスポーツドリンクを分けていただいたりした。

そのお陰で、鉄人の症状も幾らか軽くなり、途中ヤバくなる気配も何度かあったが、撮影も何とか済ませ無事生還できたのである。遠慮していたリュックも結局担いでいただくハメになった。本当に感謝しかない。

彼が分析するには、鉄人の足が固まった原因は「水分不足」であった様だ。朝方寒かったのであんまり喉が渇いていず、つい水分を摂取するのを怠ってしまっていたのだ。

冬でも登山をすれば大汗をかく。気づかないうちに体内の水分が足りなくなり、それが足の筋肉の硬直という形で現れたのである。

もし適切な処置をしてもらっていなかったらどうなっていただろう。水分不足は実に恐いものであると痛感した次第だ。

ところで、クライアントのおふたりも全然水分を摂っていなかった。でも最後まで元気そのもの、やっぱり歳には勝てないと悟る。次に山の撮影があったら息子に行かせるしかないな。

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2013年12月13日

形見。

「雪の焰」

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昨日、あるテレビ番組を観ていたら、「相続」の話しをしていた。相続にも「負の相続」、亡親の借金の返済を引き継がなくてはならないケースもあり、相続するものがあったらあったで大変だなという思いを持った。

鉄人の亡父は、財産も借金も全く残さなかった。自分の葬式代だけ残してこの世を去ったのである。遊び人で大酒飲みの男であったが、ある意味見事な人生である。(母は随分苦労した様だが・・・。)

ある日、財産が何にもないので、家の中にあるもので欲しいものを形見としてやると母が言った。別に欲しいものは何も無かったのだが、ひとつだけあった。

鉄人には妹がひとりいる。妹にも欲しいものを言わせた。ところが困ったことが起こった。というか驚くことが起こった。何と、鉄人が欲しがったただひとつのものと、妹が欲しがったものが同じものだったのである。

それは一冊の古い歌本であった。英和辞典くらいの大きさのもので、古い歌が沢山載っていた。そしてその歌ごとに作者の違う見事な挿絵が飾られていた。子どもの頃、その歌本を兄妹で何時も見て遊んでいたのである。

まさかそんな古い歌本を妹が欲しがるとは思わなかった。遊び人であまり家にいなかった父親の思い出の品として、お互い一番印象に残っていた様だ。

その歌本は今、妹の手元にある。鉄人は安っぽいセイコーの腕時計を貰った。鉄人、この腕時計の記憶も印象もほとんどない。鉄人が親元を離れてからのものだからだ。まあ仕方ないか。

財産としては、何にも残さなかった父だが借金も無かった訳で、そのお陰か兄妹今でも変わらず仲は良い。かみさんとは親友の様な関係で、毎日の様に電話をし合っている。

「仲良きことは美しき哉」、これで良かったのだと思っているのである。




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2013年12月08日

散歩。

「我が街」

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朝、天台宗の阿闍梨だった故酒井雄哉氏の千日回峰のDVDを観ていたら、鉄人も急に歩きたくなった。

千日回峰は比叡山の峰々を千日掛けて歩き回る行の一種、「歩行禅」というものらしいのだが、「行」としてはともかく、鉄人も自然の中を歩くのは決して嫌いではない。

実際、天台宗のお寺で坊さんの見習いをしていた頃は、毎日山の中を歩き回っていた。それで何かを得たかどうかは分からないが、自然を体感出来ていた様な気はする。

出掛けるならちょっと山っぽい方が良いかな思い近くの小高い団地を選んだ。別に山道ではないが坂ばかりである。かみさんも「行ってやってもいいよ。」と言うのでふたりで出かけた。

肌寒いが風はなく、散歩には好条件である。数年前はよくふたりで散歩していたコースなので、その頃を思い出しながらの楽しい散歩になった。

千日回峰とは比ぶべくもないが、歩くことには変わりはない。これからはもう少し歩く機会を増やしてみたい。仏陀はどのようなお気持ちで各地を歩かれておられたのだろうか。

写真は散歩の途中で撮った我が街である。もう、20年も暮らしているんだなあ〜。
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2013年12月06日

歯医者。

「大根」

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甘利明経済再生相が早期の舌ガンとのことである。このニュースを昼間テレビで観て、鉄人、ギクリとした。

舌ガンを患う理由として、飲酒、喫煙、ストレス、歯並びの悪さなどが上げられるらしいのだが、その中の「歯並びの悪さ」がちょっと引っ掛かったのである。

歯並びの悪い人間は、常時歯が舌の何処かに触れ、それが炎症を起こし、長期間それを放っておくと舌ガンになる可能性があるのだそうだ。

鉄人、歯並びが悪いというより、以前歯を治療した時、途中で治療を止めてしまい、治療中の歯がギザギザの状態のままでいた。そのギザギザの部分が舌にあたり、ちょっと腫れたり痛い思いをしていたのである。

ギクリとした鉄人は早速近所の歯医者に行った。先生に診てもらったところ、舌は大丈夫だったが、治療をサボっていたツケで、虫歯が大穴になっていた。

痛くはなかったのだが、治療が始まると何故か痛み出した。麻酔を打って治療を続ける。眼に涙を浮かべ、自分の唾液に時折嘔吐きながら大口を空け続けている様は、色男が台無しである。

今日の治療はギザギザをちょっと削って大穴に詰め物をして終了。先はまだまだ長そうだ。またサボったりして。やっぱり歯医者は苦手だなあ〜。
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2013年12月03日

還俗。

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ある高名な出家者が「還俗」された。お名前を「柴崎光男」氏と言われる。還俗とは、出家者が我々が生活している俗世に戻ることを指すが、この方の還俗は大変にセンセーショナルなものであった様だ。

鉄人が、アーチャン・チャーを非常にリスペクトしていることは、ブログを読んでいただいている方には周知だが、この柴崎光男氏は、そのアーチャン・チャーの高弟の一人で、「アーチャン・光男・カウェーサコー」師の名で、タイでは最も有名な日本人として、タイの国民に慕われておられた。

葬儀の時、国中から100万人が集まったといわれているほど、国民に尊敬されていたアーチャン・チャーの教えを継承する数少ない精神的指導者として注目されていたアーチャン・光男師の突然の還俗は、タイ国民にとってもにわかには信じ難いニュースとして、大々的に報道された様である。

鉄人も、この事実を昨日たまたま観たネットで知って、大変ショックを受けたのだ。仏陀の教えによれば、最終的な悟りは、出家していないと不可能だそうである。それは、俗世にいる限りすべてを手放し無欲を貫いていては生きていけないという理由からだ。完全なる解脱を成就するには出家は不可欠になる。

光男師は、若くして出家され、40年近い修行を経て今のステージに昇られている。仏道のゴールに最も近い思われる方が、その立場を捨ててまで野に下ったのである。それが鉄人にはまだ理解ができない。

そして還俗してすぐ結婚をされている。写真がその様子である。後ろめたさなど微塵も感じられない達観された表情にも見える。男の修行者にとって、女性の存在は最も修行の妨げになるものである。今回、その女性を修行より大切だと選択され、還俗されたことになるのだろうか。

体調が優れなかったとか様々な憶測が流れているが真実は分からない。ただそれほどの修行者が還俗したという事実。鉄人の修行のあり方にも影響が出てくると思う。

posted by masa at 11:33| Comment(8) | 日記