2013年11月24日

再読。

「点火」

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今日は、昨日の撮影の疲れで完全に電池切れ、テレビを観たり本を読んだりゆっくりしている。夕方からは整体に行くことにしている。

アーチャン・チャー・バンテー著の「無常の教え」は、既に読了したのだが、直ちに再読にかかっている。本当に素晴らしい教えなのだが、鉄人の頭ではまだ理解出来ていない部分が少なからずあるのだ。

気に入った本は七回読めと聞いたことがある。七回読めばその本の内容が自家薬籠中のものになるそうである。

例えば、「問題を解決する人は存在しない。それゆえ、問題も実際には存在しない。」「空(くう)を理解するものを、死王は追うことができない。」「人というものは、本当は何処にも存在しない。」など論理的に理解ができていない訳ではないが、なかなかストン、とまだ腹に落ちて来ない。感覚的な意味に於いての理解不足なのだ。

巻末には、我々俗世に生きる人間の為の仏道についても説かれていた。人は本来は悟りを開く為に出家するのだが、考えようでは、我々俗世に行きている人間の方が、悟りを開き易いともいえるのだそうだ。(悟りのレベルはある)

というのは、我々が生活している俗世とは、「火宅」の世界である。我々は欲望という炎に包まれた家に住んでいる訳で、ある意味出家者よりも苦しみが大きいのである。「悪人正機説」ではないが、「苦しみ」が大きいほど、それに気が付き手放していくことで、大悟する場合もあるのだそうだ。

決して出家することだけが悟りの道ではないと説かれるのである。今この瞬間、この今自分がいる場所が、すべてなのである。「そのうちに・・・。」という姿勢では、永久に仏道は成就しないともバンテーは教えられるのだ。

再読することで、もっと深く理解していきたい。
posted by masa at 16:41| Comment(0) | 日記