2013年11月02日

訃報。

「慈悲仏」

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先月同級生が亡くなっていた。喘息の悪化が原因だそうだ。去年三十数年ぶりに六人でクラス会をしたのだが、その中のひとりである。

女性なのだが、実は彼女のことをあまり知らなかった。というのも同級生が連れて来た別のクラスの娘だったからだ。だがクラス会の中で一番ハイテンションで盛り上がっていた。

美人で華やかで明るくて元気で、その印象が深く鉄人のこころの中に刻まれていたのである。そんな強い印象を残した彼女が亡くなった訳だが、やはり思うのは「体は自分のものではない。」ということだ。

体は裏切るのである。喘息は非常に苦しいものである。誰も喘息になりたいとは思わない。でもなる時はなってしまう。そして時には命までも落としてしまうのである。

考えてみれば生命というものは必ず負けてしまう戦に挑戦しているのだ。それは「死」に対する戦である。最後は必ず負けるのである。それでも生命は他を蹴落としてでも生きようとする。でも結局は負けるのである。

仏陀は「生」も「死」も超えなさい。と説かれた。そこにこそ絶対的な幸福があると。体は自分のものではない。と知り、理解し、体現することでそれを超えて行くのである。

「自我」も感覚の情報から生まれた幻想であると仏陀は説かれている。そうなると自分の「生」も「死」も幻想に過ぎないことになってくる。

でも確かに今自分は生きているんだけど・・・。つねりゃ痛いし・・・。

訃報を知り、そんなことを取り留めもなく考えていた。

posted by masa at 19:08| Comment(0) | 日記