2013年11月01日

変な男。

「もらいもん」

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鉄人の友人にはちょっと風変わりな人間が多いが、その中でも飛び切り変な男がいる。その変な男が昨日スタジオに来ていた。

その時に持って来たお土産が写真の戦闘機のプラモデルである。彼はプラモデル作りが趣味で40年のキャリアがあると豪語しているほど人生そのものらしいのだが、何故かくれると言う。

今まで筆で着色していたのをこれからはブラシに変更することで、これまでに作り貯めていた作品を人にあげることにしたそうだ。

戦闘機にもプラモデルにも別に興味がない鉄人だが、彼が精魂込めて作った作品である。有り難くいただくことにした。

彼は母親とふたり暮らしなのだが、お母さんが病気がちで彼がそれを常に面倒を看ているため彼は定職につけない。それで家の中で出来る趣味ということでもプラモデル作りに精を出しているのであろう。

以前彼は姪の高校の学費をすべて工面していたことがある。今は母親の面倒をすべてひとりで看ている。それだけでも頭が下がるのだが、その自分が置かれた状況に対して常に淡々と応じて来ている。これが凄いと思うのだ。

客観的に見れば大変そうだなぁ〜と感じるのだが、彼に言わせればさほどでもないという。それが当たり前という感覚なのだ。彼は自分が持っている物を惜しみなく人に与えたり無期限で貸したりしてもいる。

ギブソンやマーチンの高級ギターを持っているのだが、そのひとつを音楽好きの友人に貸している。自分が持っているより音楽好きの人間が持っていた方が、そのギターを大切にそして有効に使ってくれると思ったからだそうだ。

実は鉄人も借りている。彼は元カメラマンなのだが、今は辞めているので撮影機材が取りあえずいらなくなった。それでその中のストロボを現在貸してくれているのである。

最初にこちらから貸してくれとは言っていない。あっちから突然「いる?」、と言ってくれたのだ。やはり有効に使ってくれるからという思いが彼にあったのだろう。買えば何十万円もする機材である。売ることも出来たのに・・・。

やはり飛び切り変な男である。ただその変人ぶりは他人を幸福にする変人さなのだ。何も見返りを求めない。自分が置かれた立場に抗うこと無く生きている。流れのまま生きているのである。

何だ、自分が仏道を通して目指していたものが目の前にいたではないか。実践者として。彼は初期仏教などまったく知らない。それでもそんな生き方を実践している。知識や理論ばかりに眼が向きがちな自分が急に恥ずかしくなった。

posted by masa at 10:28| Comment(0) | 日記