2013年09月12日

免許更新。

「オート三輪」

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三年に一度誕生日の前後になったらやらなければいけないことがある。免許の書き換えである。鉄人これが非常に面倒臭い。まああまり好きな人間はいないと思うが少々気が滅入るのは確かだ。

幸いなことに免許センターは鉄人の家から近い。車で10分足らずのところにある。当然遠くから来ている人もいる訳で、その人達は半日掛り一日掛りになる訳である。違反者はともかくそうでない人達にはこの時間的なロスは何とかならないものかとも思ってしまう。

で、鉄人は違反者か?そう違反者なのである。三年くらい前、一度ねずみ取りに捕まった。取り締まりの対象になるスピードを2キロばかりオーバーしていた。ところがそれをすっかり忘れていて、一般用の短い講習を受けたらすぐに帰れると高を括っていたのだ。

そうしたら「ペタン」と違反者用のハンコを押すではないか。「あれぇ〜、そうだったっけ?」思わぬ事態に落胆した鉄人は、他の違反者と共に2時間の違反者用の講習を受ける為スゴスゴと部屋に入るハメになった。

講習では当然交通事故の映像を観ることになる。大切なことなのだがやはり楽しい気分にはなれない。しかし何時何処で自分が加害者や被害者になるや分からないという現実は思い知らされる。帰りの運転が何時もより慎重になったことは間違いない。

ところであの免許証の写真、何であんなに悪人面に写るのだろう。そして三年間の自分の老化を痛切に感じる。顔の肌の張りが全然違う。自分が普段意識しているより遥かに「ジジイ」なのでる。髪の毛は後退し、眼の下の涙袋は情けなく垂れ下がっている。眼力も弱々しい。

だがこれは自然なことなのだ。またすべての生命が同じ様な道を辿る。仏陀は生命が老いていくことで直面しなければならない現実に正しく向き合う方法を教えられた。常に自分を冷静に観ることができる習慣は付きつつある。それでこころが落ち着くことができるのだ。有り難いことである。

さて次の更新まで無違反で通せるや否や。
posted by masa at 22:37| Comment(2) | 日記

東京オリンピック。

「カヌー」

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2020年のオリンピックが東京に決まった。決定の瞬間は鉄人は寝ていて知らなかった。今巷は大変な盛り上がり様である。

鉄人も関心がないかと言えばないことはない。国を挙げてのビッグイベントである。これからの7年間は様々な動きがあるであろうから、無関心ではいられないだろうし、直接的な影響も当然出てくると思われる。

でも正直言えばオリンピックの重要性があまり分からないのだ。元々はただのスポーツである。身体を動かす運動だ。誰かより0.01秒速かったとか、眼にも止まらぬスピードで三回転半したとか、1p遠くにものを投げたとか。それがどうして国レベルの凄いことなのか鉄人にはよく分からない。

写真判定しなければ勝敗が分からない時があるが、その差の何が凄いことなのかてんで分からないのである。鉄人自身もスポーツはするし、運動神経もそれなりにはある。テニス部のキャプテンをしていたこともあるが、スポーツは国を挙げてまでやることでもなさそうな気はする。最終的には個人の自己満足の世界であると思われるからである。

オリンピックにはインフラ整備であるとか関連商品の販売などで、多大な経済効果を生み出すという側面もある。150兆円という試算も成されている様だが、50年前の東京オリンピック以後の日本は、経済発展のひずみが近年様々な形で現れて来ているのも事実なのである。例えば道路やトンネル、橋などの老朽化、メンテナンスは緊急を要するが予算はなかなかつかない。何故なら莫大な予算がかかるから。

オリンピックには国民の感情を昂揚させる要素がある。それは確かに大きいが、反面冷静さを失いその勢いに流されてしまう危険性も捨てきれないと思う。オリンピックを免罪符にしてはならない。オリンピックという「お祭り」を国民が楽しむのは結構だが、常に冷静にものごとの動きを観察しておくことはもっと大切だと思うのである。ツケはオリンピック以降必ず来ると思っていた方が賢明だろう。

祭が済めば金は出さない。宴の後は空しいものなのだ。

オリンピック狂想曲はこれから止むことなく20年まで続くだろう。でもフクシマの声がその大音響で消されない様にしなければならない。と鉄人は思うのである。



posted by masa at 01:04| Comment(0) | 日記