2013年06月27日

揺れるこころ。

「雲、湧き立つ」

雲、沸き立つ.jpg

「風動幡動」という話しがある。お寺の境内に掲げられていた旗が風に揺れていた。ある僧がそれを見て、「幡が動いている」と言った。すると別の僧が、「あれは風が動いているのだ」と反論して議論になったという。

その様子を側で聞いていた六祖慧能禅師が、「それは幡が動いているのでもなく、風が動いているのでもない。あなたのこころが動いているのだ」と答えたそうである。

鉄人はこの逸話が好きで、何かでこころが揺れた時、動揺した時にこの話しを思い出す様にしている。目の前で起こった現象もその捉え方は人それぞれ違う。鉄人は何かあるとよく慌てふためくが、同じ様なことに出くわしても何も感じない人間もいるだろう。その違いは目の前の現象に原因があるのではなく、その人のこころの動きにあるということが分かる。

だから鉄人のこころの揺れも、その原因を相手の中に探している間は多分見つからない。動揺しているのは自分のこころだ。自分の中にしかその答えはないはずなのである。

不満が出て来たら、怒りが湧いて来たらその原因を自分のこころの中に探すのだ。何が不満なのか、何故怒ったのか、原因が見つかればその対処法も自ずと生まれてくる。相手を変えられるのか。自分を変える方が容易いはずだ。

身近な人間でさえ自分の思い通りには全然動いてくれないではないか。相手は自分ではないのだから当たり前といえば当たり前なのだ。相手もきっと同じ様に思っているに違いない。

揺れているのは相手の行動ではなく自分のこころなのだ。それに気づけばその揺れを止めることができる。・・・はずである。
posted by masa at 23:06| Comment(2) | 日記