2013年05月26日

ダンマサークル。

「ダンマサークル」

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今日は月一のダンマサークルの日であった。「慈しみ寺」で朝から開かれていたが、鉄人は午後から参加した。今日はデニヤーイェ・バンテーはご不在。ウェーサーカ祭の関係でスリランカに帰国されていた。

そこで、写真の様にネットを使っての勉強会になった。多少画像は不鮮明で、たまにお声が聞き取りにくい時もあったが、まるで目の前に現実にバンテーがおられて実際に教えられている感覚に陥った。便利な世の中である。

今日の勉強の内容は、何故仏陀を敬うのかということであった。ウェーサーカ祭は、仏陀の誕生を祝うお祭りで、スリランカでは特に大切なお祭りのひとつとされている。

その様に国を挙げて仏陀をお祝いする価値が何故あるのかを学んだ。それは、仏陀は世界中のすべての人々の先生だからという意味だからだそうだ。

仏陀は、我々に真理を教えられる。真理とは、時代を超え、人種を越え、性別年齢を超えすべての人々(すべての生命)、に当てはまるものなのである。

その真理を説かれる仏陀がすべての人々にとって先生であるというのは間違いがない。というのが仏教の考え方なのである。仏陀が知り理解し実践したことを我々が知り理解し実践する。そこに確かな尊敬が生まれるのである。

我々がこの時代に人間として生まれてきた意味は何なのか。その答えを仏陀はお持ちであるからだ。

1、ものごとをありのままに理解する。
2、貪欲、怒り、無知で生きることをコントロールする。
3、人間として最高の善行をする。
4、すべての煩悩を吹き消す。

この四つのことを仏陀は知り理解し実践された。我々に自らの行動により見本を示されたのだ。同じことをすれば、すべての人が到達できると、我々の生きる目的を明確に教えられたのである。

我々人間が、本当の生きる目的に気づき、見本に沿う生き方をすることにより、いずれはその目的に到達する時が必ず来ることを仏陀は45年の長きに渡り教化され続けられたのである。そこに皆が尊敬にすることに値する仏陀の価値があると、デニヤーイェ・バンテーは遥かスリランカのケラニヤ寺院より、我々ダンマサークルのメンバーに説かれたのである。

仏陀は、自らの教えを実践することに最も重きを置かれる。実践する者こそが、本当の仏弟子なのである。
posted by masa at 21:50| Comment(0) | 日記